生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード(仮称)(案)(パブリックコメント時点からの修正)の検討
地域:日本
業務分野:知財一般、著作権法
カテゴリー:法令、その他
AI時代の知的財産権検討会(第13回)が令和8年8月18日(火)に開かれ、その資料1として、「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード(仮称)(案)(パブリックコメント時点からの修正)」が添付されている。
出典:内閣官房ホームページ
・検討会のURL:
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai13/index.html
・生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード(仮称)(案)(資料1)のURL:
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai13/shiryo1.pdf
・プリンシプル・コード(仮称)(案)概要開示対象事項 具体例(参考資料1)のURL:
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai13/sanko1.pdf
なお、AI時代の知的財産権検討会(第13回)における「プリンシプル・コード(仮称)(案)概要開示対象事項 具体例(参考資料1)」についても、AI時代の知的財産権検討会(第12回)における具体例から若干の変更がなされている。AI時代の知的財産権検討会(第12回)における具体例については、「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード案 – プリンシプル・コード(仮称)(案) 概要開示対象事項具体例の暫定検討」で暫定的にコメントしている。
知的財産推進計画2026においても、プリンシプル・コードの制定について記載されている。プリンシプル・コードは、現在は案の段階であるが、国の知的財産推進計画においても制定について言及されており、プリンシプル・コードの制定がなされることを念頭に置いて、今回の修正案の内容を検討することが必要となる。
今回のプリンシプル・コード案の修正案は、パブリックコメントの内容等を反映した内容の見直しであり、大きな改善が図られている。
もっとも、修正案は、広範なAI事業者及びその経営者、法務部門、知的財産部門、AIに関係する部署等に多大なる影響を及ぼしうる。
特に、修正案においても、非営利目的の場合や、大企業だけではなく、中小企業、スタートアップ、個人等も対象とされているほか、オープンソースソフトウェアに関する例外規定も削除されており、多くの法人及び個人に多大な負担をもたらすことが懸念される。一方で、AIの時代における知的財産権をどのように保護していくかという視点も極めて重要である。AI事業者、AI利用者、知的財産権の権利者など、あらゆる関係者にとって望ましい解決策が何であるかを検討していく必要がある。
以上のような観点から、上記「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード(仮称)(案)」(以下「プリンシプル・コード案」)の修正案のいくつかの修正について、暫定的なコメントをする。
1. この文書の適用を受ける対象
- プリンシプル・コード案1頁14行目~2頁7行目
(2)この文書の適用を受ける対象
ア 定義
この文書は、生成AIに関連する当事者間において任意かつ主体的に調整を行うことが妨げられるものではない旨に配慮しつつ、「生成AI開発者」及び「生成AI提供者」(以下これらを総称して「生成AI事業者」という。)に適用されるものとする。
○ 「生成AI」とは、文章、画像、プログラム等を生成できるAIモデルに基づくAIの総称をいう。
○ 「生成AI開発者」とは、生成AIシステムを構築する役割を担う者であって、その開発に係る生成AIシステムを公衆(不特定の者又は特定多数の者をいう。以下同じ。)に実質的に提供した者(その目的、法人・個人の別を問わない。)をいう。
➢ 次の者は「生成AI開発者」に原則として含まれないものとする。ただし、実質的に、生成AIシステムを公衆に提供したと評価できる場合には、この限りでない。
✧ 生成AI開発者から委託等を受けて、生成AIモデル・アルゴリズムの開発、データ収集(購入を含む)、前処理、生成AIモデル学習及び検証等の生成AIシステム構築過程の一部のみを引き受け、これを生成AI開発者に納入し又は役務を提供する役割を担うにすぎない者(その目的、法人・個人の別を問わない。)
○ 「生成AI提供者」とは、生成AIシステムをアプリケーション、製品、既存のシステム、ビジネスプロセス等に組み込んだサービス(以下「生成AIサービス」という。)を公衆に提供した者をいう。
➢ 次の者は「生成AI提供者」に原則として含まれないものとする。ただし、実質的に、生成AIサービスを公衆に提供したと評価できる場合には、この限りでない。
✧ 生成AI事業者から委託等を受けて、生成AIシステム検証、生成AIシステムの他システムとの連携の実装、生成AIシステム又は生成AIサービスの提供、正常稼働のための生成AIシステムにおける利用者側の運用サポートの一部のみを引き受け、これを生成AI事業者に納入し又は役務を提供する役割を担うにすぎない者(その目的、法人・個人の別を問わない。)
○ 公衆への提供を行っておらず、研究・開発を行っているにすぎない者は、生成AI事業者に該当しない。
上記記載へのコメント:
今回の修正案では、「この文書の適用を受ける対象」が修正前よりも明確になった。しかしながら、修正案においても、「その目的、法人・個人の別を問わない。」との文言は維持されており、非営利目的の場合であっても適用対象となりうるほか、大企業だけではなく、中小企業、スタートアップ、大学、個人なども広く適用対象となりうる。
もっとも、今回の修正案では、公衆(不特定の者又は特定多数の者をいう)への提供を行っておらず、研究・開発を行っているにすぎない者は、生成AI事業者に該当しないことが明確化された。しかし、たとえば、大学の研究者でも、生成AIサービスを公衆に提供している場合は対象となりうるため、依然としてその適用範囲は極めて広いことに留意する必要がある。
また、「公衆」は「不特定の者又は特定多数の者」と定義されているため、「不特定の者」に対する提供であれば、必ずしも多数の者を対象としていなくとも「公衆」への提供に該当しうる。この点からも、「公衆」への提供は極めて広範な概念として捉えられていることに注意が必要である。
さらに、後述するように、オープンソースソフトウェアに関する規定も削除されている。そのため、オープンソースソフトウェアを公開する者についても、プリンシプル・コードについて必要に応じて適切な対応をすることが求められている。
修正案は、中小企業・スタートアップ・個人等も適用対象としており、起業や新規事業の創出等に対する萎縮効果が懸念される。「コンプライ・オア・エクスプレイン」の手法が採用されているとしても、従わない理由を十分に説明するためには、多大な検討時間と労力を要する可能性がある。また、自らの対応について権利者等の十分な理解を得るためには、相当な工夫と対応が求められる。その結果、善意のサービス提供者が、対応の負担と萎縮効果から、サービスの提供自体を断念し、日本におけるAIの開発や利活用が阻害されることが懸念される。
たとえば、個人の善意による非商用目的のサービス提供や、中小企業やスタートアップによる売上高が一定額未満のサービス等については、プリンシプル・コード案の対応はサービスの内容に比してあまりにも負担が重く、萎縮効果により社会に有益なサービスの提供自体が行われなくなるおそれがある。一定の場合の適用除外の記載が行われるべきであろう。
しかし、今回の修正案は、パブリックコメントを考慮した修正案であるにもかかわらず、「その目的、法人・個人の別を問わない。」との記載を維持している。修正案によれば、中小企業、スタートアップ、大学、個人等についても、プリンシプル・コードへの対応を検討することが必要となる。
また、プリンシプル・コード案への対応を組織的に検討することができる法務部門、知財部門、AI技術部門等の専門部署を有する大企業であっても、知的財産権の権利者が十分に納得できる説明を準備することは必ずしも容易ではない。権利者の理解と納得を得るためには、説明内容の合理性や具体性が求められるためである。また、虚偽表示や営業秘密の漏えい等の法的問題が生じた際には、経営陣や関係部署の責任者が株主代表訴訟その他の法的紛争に巻き込まれるリスクも考えられる。そのため、大企業であっても、「コンプライ・オア・エクスプレイン」への適切な対応に当たっては、外部専門家の活用を含め、十分な検討と準備を行うことが重要となりうる。
このように今回の修正案は、修正前と比較して大幅な改善が図られているものの、依然として非営利目的の場合や、中小企業、スタートアップ、個人等も適用対象とされている。また、オープンソースソフトウェアに関する例外も削除されており、多くの法人及び個人に重い負担をもたらすことが懸念される。
2.「第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれが著しく低い生成AIシステム又は生成AIサービス」の取扱い
プリンシプル・コード案3頁下から13行目~下から11行目
○ ただし、第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれが著しく低い生成AIシステム又は生成AIサービスを開発又は提供している場合には、この文書における「生成AI事業者」に該当しない。
上記記載へのコメント:
今回の修正案では、「第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれが著しく低い生成AIシステム又は生成AIサービス」について、この文書における「生成AI事業者」に該当しないとの記載がある。
この点は、修正案の重要な修正点である。しかしながら、その適用範囲は必ずしも明確ではない。当該記載は、修正案3頁5~6行目の「ウ 特定の業界に特化した生成AIシステム又は生成AIサービスを開発又は提供している場合」において示されているが、この場合に限定されない趣旨であるか否かについて、明確化が必要である。
また、具体例として、「既存の著作物の創作的表現を直接感得することができない生成物」等が示されているものの、その解釈や適用範囲については必ずしも容易に判断できるものではない。どのような場合に「第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれが著しく低い」と評価できるのかについては、なお不明確な部分が残されていると思われる。
そのため、この点については、その解釈を明確化することが考えられる。さらに、実務上の予見可能性を高める観点からは、「第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれが著しく低い」生成AIであることを客観的に確認できる認証制度の導入も重要な検討課題となりうる。
知的財産権のコンプライアンスとしては、第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれがない又は著しく低い生成AIを用いて事業を行い、その評価を裏付ける資料や証拠を収集・保存し、必要に応じて説明又は立証できる体制を整えておくことが考えられる。さらに、その客観性や信頼性を高める観点から、法律事務所その他の第三者専門家による意見書等を取得することも考えうる。
その結果として、仮に修正案が実行された場合、「生成AI事業者」に該当しないとの立場を整理し、主張できるよう備えることが考えられる。他方で、プリンシプル・コードへの対応を行う際に、「生成AI事業者」であることを前提とした記載を行った場合には、自らが「生成AI事業者」に該当することを認めたとの主張が権利者からなされる可能性も否定できない。そのため、まず自らがこの文書における「生成AI事業者」に該当するか否かを慎重に検討した上で、対応方針を決定することが重要となると思われる。
いずれにせよ、第三者の権利を侵害する生成物が生成されるおそれがない生成AIを用いて事業を行うのが、権利者・事業者双方にとって理想的である。そのためには、国としては、プリンシプル・コードだけに頼るのではなく、日本の総力を挙げて、クリーンなデータセットや権利侵害防止フィルタに必要なデータ整備を行うことが重要であり、また、安全なAIの認証制度や、認証AIについての免責制度、保険による補償制度等の整備が必要であろう。
3.営業秘密及び安全性・セキュリティに関する記載の明記
プリンシプル・コード案4頁9行目~13行目
この文書は、生成AI事業者、生成AI利用者及び権利者が置かれた状況、それぞれの意向等も踏まえて策定されたものであり、生成AI事業者に対して、生成AI事業者に帰属する機微な情報(営業秘密及び安全性・セキュリティに関するものをいう。)の強制的な開示を求めるものではなく、法的拘束力を有する規範ではない。この文書の趣旨を理解し、これを受け入れた生成AI事業者に対して、この文書の趣旨を踏まえた対応が図られることを期待するものである。
上記記載へのコメント:
今回の修正案では、「生成AI事業者に帰属する機微な情報(営業秘密及び安全性・セキュリティに関するものをいう。)の強制的な開示を求めるものではなく、法的拘束力を有する規範ではない。」という一文が明示された。この点については、修正前の案において営業秘密及び安全性・セキュリティの観点から懸念が指摘されていたことを踏まえると、今回の修正案で明示的な記載が追加されたことは改善として評価できる。
もっとも、強制的な開示が求められていないとしても、情報を開示しないことによる不利益と開示することによる不利益とを検討しなければならない場面があり得るため、事業者にはなお難しい判断が求められる。
権利者側としては、プリンシプル・コード案には、法的拘束力も罰則も定められていないため、権利を侵害している悪質な者の開示は期待できないという問題点がある。悪質な者には効果がなく、善良な者は重い負担を負い、善良な者のサービス提供自体が減少し、日本社会全体が劣化し、権利者側も十分な救済が得られない可能性が危惧される。
もっとも、「法的拘束力を有する規範ではない」とされているものの、それは直ちに、これを守らないことによる法律上又は事実上の不利益が生じないことを意味するものではないことには、実務上十分な注意が必要となる。この点は、修正案14頁下から9行目においても「この文書は、別途法令による手続が行われる可能性を何ら制限するものではない。」と記載されている。
したがって、「法的拘束力を有する規範ではない」という文言が存在するとしても、事業者がプリンシプル・コードに対してどのような対応を行っているかという事実が、法的請求や取引の成否など法的評価や社会的評価に影響する可能性は何ら排除されていない。
たとえば、損害賠償請求等の訴訟において、プリンシプル・コードへの対応状況や関連する説明内容が証拠として提出される可能性がある。また、取引先によるコンプライアンスの検討の過程において、プリンシプル・コードへの対応状況が評価対象となり、その対応が不十分であることを理由として取引の見送りや変更等が行われる可能性も考えられる。
このように、プリンシプル・コードが法的拘束力を有する規範ではないとしても、その対応状況が訴訟、行政対応、投資判断、取引判断その他の場面において参照される可能性は否定できない。そのため、事業者としては、形式的に法的拘束力の有無のみを検討するのではなく、実務上及び事業上の影響も含めて総合的に対応方針を検討することが必要となる。
4.AI技術の進歩と知的財産権の適切な保護が両立するエコシステムの実現
プリンシプル・コード案8頁1行目~4行目
○ AI技術の進歩と知的財産権の適切な保護が両立するエコシステムの実現に向けて、権利者や利用者と生成AI事業者との間において、秩序のある対話や相互理解が図られるよう、すべての者が努めるべきであって、概要開示対象事項の一部について開示をしないという一事のみをもって、当該生成AI事業者を直ちに批判することは慎むべきである。
上記記載へのコメント:
今回の修正では、「概要開示対象事項の一部について開示をしないという一事のみをもって、当該生成AI事業者を直ちに批判することは慎むべきである」とされている。しかし、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の手法においては、開示をしない場合であっても、その理由を説明することが認められているため、当該記載は制度の趣旨からすれば当然の内容を確認したものと考えられる。
また、修正案では、権利者と生成AI事業者との間における秩序ある対話や相互理解の重要性が強調されている。しかしながら、権利者は知的財産権侵害による不利益を受ける可能性のある立場にもあることから、両者の間には本質的な利害対立が存在しうる。そのため、実際の紛争や対立が生じている場面においては、秩序ある対話や相互理解のみでは十分な解決が困難な場合もあると思われる。
こうした観点からは、個々の事業者に対して説明や対応負担を求めるだけではなく、権利侵害のリスクそのものを低減するための制度的な取組が重要である。たとえば、著作権処理が適切になされた学習用データセットや、権利関係が明確なデータセットの整備・提供について、国が主体的な役割を果たし、権利侵害のリスク自体を減らしていくことが重要となる。
5.本原則が、現時点のものは完全なものではないことの明示
プリンシプル・コード案11頁1行目~4行目
○ 本原則については、現時点のものは完全なものではなく、各事業者が展開するサービスやその他の事情により対応が不可能な事柄があり得ることを前提としつつ、より意義のある形で生成AI技術の進歩の促進と知的財産権の適切な保護の両立に向けたバランスをとることを追求していくものとする。
上記記載へのコメント:
今回の修正案において最も評価できる修正は、「本原則については、現時点のものは完全なものではなく」という考え方が明示的に示されたことであると思われる。
現在のAI技術の進化速度は極めて速く、本原則が将来にわたって十分に社会的・技術的状況に適応できるとは思われない。実際に、直近の2年間においても、AI技術は飛躍的な進歩を遂げている。
今後はAIを活用したAIの自己改良が可能となり、汎用人工知能(AGI)や超知能の時代に急速に移行していく可能性も指摘されている。
したがって、本原則についても固定的なものとして捉えるのではなく、技術の進展や社会情勢の変化を踏まえながら継続的に検証し、必要に応じて見直しを行っていくことが重要である。知的財産制度についても同様に、AI技術の発展に対応するため、不断の見直しと改善が求められるであろう。
6.オープンソースソフトウェアに関する例外の記載削除
プリンシプル・コード案14頁6行目
――― オープンソースソフトウェアに関する例外の記載削除 ―――
上記記載へのコメント:
オープンソースソフトウェアに関する例外が削除された。
修正案においてオープンソースソフトウェアに関する例外規定が削除されたことは、営利目的・非営利目的を問わず、広範な主体にプリンシプル・コードへの対応を求める方向性を示すものと考えられる。しかしながら、オープンソースソフトウェアの開発・公開は、必ずしも営利を目的とするものではなく、社会への貢献や技術の発展を目的として行われている場合も少なくない。
そのため、オープンソースソフトウェアについても一律にプリンシプル・コードへの対応を求めることについては、慎重な検討が必要であると思われる。特に、個人開発者、スタートアップ、小規模事業者等においては、プリンシプル・コードへの対応に必要な資金、人員等が十分でない場合が想定される。その結果、対応に伴う負担やリスクを懸念し、本来であれば社会的に有益な技術やソフトウェアの公開を断念する事態が懸念される。このような萎縮効果は、オープンな技術開発やイノベーションの促進という観点からも看過できない問題である。
したがって、オープンソースソフトウェアに関する例外規定を設けない場合であっても、非営利性、個人開発者、社会的影響の程度等に応じた適用除外を設けるなど、本来であれば社会的に有益な技術やソフトウェアの公開を断念する事態が生じないように、対応を検討することが望まれる。
7.文書の改定を含めた適切な対応
プリンシプル・コード案14頁下から4行目~下から2行目
生成AI事業者による対応の状況、運用上の実効性、国際的な取組の動向等を勘案し、生成AI技術の進歩の促進と知的財産権の適切な保護の両立に向け、必要があると認めるときは、その状況に基づき、この文書の改定を含めた適切な対応を行うものとする。
上記記載へのコメント:
修正案は、生成AI技術の進歩の促進と知的財産権の適切な保護との両立を目的としている。しかし、このような目的は、開示対応だけでは実現できず、著作権侵害のリスク自体を低減する基盤整備によって達成されるべきである。
たとえば、著作権上の権利処理がされたクリーンなデータセットの整備、権利侵害の可能性がある生成物の出力を抑制するためのフィルタリング用データセットの整備、著作権の問題を含む安全なAIの認証制度の整備等は、生成AI技術の発展と知的財産権の保護との両立を図るための有効な施策となる。
特に、著作権上の問題のない大規模な学習用データセットの整備は、AI開発者に対して適法かつ安心して利用できる学習環境を提供するとともに、権利者にとっても権利侵害の懸念を解消することにつながる。このような基盤が整備されれば、生成AI技術の研究開発及び利活用を促進しながら、知的財産権の適切な保護を図ることが可能となる。
また、このような著作権上のリスクが低い大規模データセットは、AI産業全体の発展を支える重要な社会インフラとしての価値を有する。その整備には多額の資金や長期間にわたる権利処理が必要となるため、個々の事業者のみで対応することには限界がある。したがって、国が主体的な役割を果たし、データインカムの制度を導入して、社会の多様な主体と連携しながら、その整備を推進していくことが望まれる。
8.まとめ
以上、プリンシプル・コード案の一部の記載について、暫定的なコメントをした。
今回の修正案には大幅な改善が見られるものの、プリンシプル・コード案のような情報開示は、著作権侵害の訴訟等をしやすくする効果はあっても、著作権侵害自体を根本からなくすものではない。
クリーンな大規模データセットが十分に整備されていない現状では、多くの生成AIがインターネット上のデータ等を利用して学習を行わざるを得ない状況にある。プリンシプル・コードによる情報開示が訴訟等のための証拠収集を容易にする効果を有するとしても、実際に訴訟をする場合の負担は重く、著作権者の利益が十分に保護されるとはいえない。また、訴訟や紛争を中心とした解決手法は、権利者側と事業者側との対立を固定化し、双方にとって望ましい解決につながらないおそれもある。
著作権者と生成AI事業者及び利用者の利益の両立を実現するためには、著作権侵害自体を防ぐ必要があり、そのためには、著作権上の権利関係が整理された大規模データセットの整備が必要である。
また、知的財産権を侵害する生成物の出力を防止するフィルタリング機能について、広く利用可能な環境を整備することも重要である。そのためには、フィルタの性能向上に必要な大量のデータを収集・整備することが考えられる。
さらに、安全なAIについて第三者機関が評価・認証する「認証AI」の制度を整備することも有益であると思われる。
そのためには、クリーンなデータセットや、著作権の問題を含む社会規範に関するデータセット等、AIの安全性と信頼性を支える基盤の整備が重要である。データインカムの制度等の検討も、その一環として考えられる。
さらに、プリンシプル・コード案は、中小企業、スタートアップ、個人等の民間主体に大きな負担を課すものであり、大企業を含めて負担に耐えられない一部の事業者が、萎縮効果により生成AIの開発・提供自体を断念し、国内AI産業の発展に悪影響を及ぼすことも懸念される。
加えて、外国の事業者が守らないで、国内事業者だけが守る事態になれば、国内産業だけが不利になるおそれがある。しかし、外国事業者にも強力な実効性を持たせた場合、日本市場はEU市場よりはるかに小さいため、日本独自の煩雑な規制を嫌い、日本市場がサービス提供から外されてしまうおそれもある。
このように、開示ベースの手法には限界があり、著作権者の保護を真に実現するためには、日本の総力を挙げたクリーンなデータセットや権利侵害防止フィルタのための基盤整備に重点を置く必要があると思われる。著作権の問題を含めた安全なAIを開発することができれば、日本は世界に大きな貢献ができるのである。
現在はクリーンな超巨大データベースがないので、多くの生成AIが、インターネットをクロールしたデータなど、著作権的に不透明なデータで学習している。この点が根本の原因であり、本質的な解決策は、プリンシプル・コード案のような煩雑な開示を企業や個人に課すことではない。
むしろ、日本の総力を挙げて著作権の問題を含めた安全なAIを作り、安全なAIの認証制度を設けて、免責と保険等による補償の制度を設け、出力が著作権侵害にならないことが法制度によって保証されるAIを作ることが必要となる。
なぜなら、今後は自律性の高いAIや、家庭用ロボットなどのフィジカルAIを含む多様なAIシステムが、社会の様々な分野で活用されることが予想されるからである。
「生成AIと著作権の問題の終局的な解決」に向けて、著作権侵害を含む違法行為自体を行わない安全なAIを実現する制度設計が必要となる。また、汎用人工知能(AGI)の時代には、安全なAIの実現の重要性はさらに増加し、AGI認証の制度の検討が必要となる。
このように、著作権の問題を超えた広い視野から、高度なAIの時代に必要な基盤整備を幅広く議論していく必要がある。
そして、著作権との関係では、日本の総力を結集してクリーンな超巨大データベースを作成することが急務となる。これは、著作権者の利益、生成AI事業者、生成AI利用者、そして国民の利益をすべて守るものである。
そのため、生成AIと著作権の問題については、クリーンなデータセットや権利侵害判定フィルタのためのデータの基盤整備が、国が主体的に取り組むべき課題である。国にとって、①民間に重い負担を課すことは簡単な道であり、②データセットの整備は困難な道である。しかし、後者こそが優先して取り組まれるべき施策である。
今回のプリンシプル・コード案の修正案は大幅に改善されている。しかし、著作権者と生成AI事業者及び利用者の利益の持続的な両立を図るためには、開示のみに依拠するのではなく、クリーンなデータセットや社会規範に関するデータセットの整備、安全なAIの認証制度などを含め、総合的な知的財産政策の検討が必要である。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
企業法務 国際法務 知財一般 特許 意匠 著作権法 不正競争防止法
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