AIの業務活用-省力化から業務の質の向上を目指して
地域:日本
業務分野:企業法務、知財一般
カテゴリー:法令、その他
人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)が制定され、2026年6月12日には、知的財産推進計画2026も発表されている。企業においても、法律実務、特許実務においてのAIの利用は重要な関心事となっている。
I. 省力化を超えて
AI活用はこれまで「コスト削減・省力化」の側面で主に語られてきた。しかし現在は、弁護士等の専門職がAIを活用することで、①検討の深度向上、②多面的な考察、③意思決定の質の向上等、が検討可能な段階にある。
このような活用は、単に作業効率を高めるものではなく、業務の質に影響を及ぼす点が特徴である。すなわち、AIをどのように位置づけ、どのように運用しているかは、業務品質に影響する要素となり得る。
本稿では、特に法務・知財領域において、「AIを代替としてではなく、あくまで補助として使うこと」と「安全な利用の枠組み」について検討する。
II. AIの知能の高さと弁護士の代わりにすることの危険性
AIは高度な応答生成能力を有するが、弁護士の代替として利用することは危険である。多くのAIサービスで、利用規約等において、弁護士その他の専門家の判断の代替としての利用を制限し、必要に応じて専門家への相談を推奨している。
たとえば、生成AIはその性質上、不確実な事項について一定の可能性を示唆する回答をする場合があり、必ずしも厳密な否定判断を優先するとは限らない。このため、回答に依拠した対応が、不要な紛争の激化や、問題の深刻化を招くおそれがある。
また、AIは莫大なデータを学習しているが、AIの能力は領域により大きく異なる。たとえば、AIは社会規範や価値判断のような文脈依存的な領域については、明確な正解データが整備されていないため、十分に安定した判断基盤が有るとは言い難い。この点は、将来的には制度的なデータ整備(データに関する新しい知的財産制度等)により改善される可能性があるが、現時点では実務的な前提とはし難い。
したがって、AIの出力は、あくまで検討の「補助」として用いるべきである。その際、AIの出力をどの程度批判的に評価しうるかは、専門家の能力に依存する。
III.弁護士によるAIの利用
上記のようにAI単独で法律問題に対処することには問題があるが、弁護士が適切にAIを用いる場合、その能力は十分に有益なレベルに達している。AIの業務活用は多様な局面で可能であるが、依頼者の機密情報や個人情報等の取扱いが重要となる。
企業ごとにAIの利用方針は異なり、例えば以下のような類型がある。
1.クラウド型AIの無料プランを利用
2.クラウド型AIの法人向けプランを利用
3.自社専用サーバ環境でAIを運用
4.ローカルLLMに限定
これらの差は単なるIT方針の違いではなく、機密情報管理および業務運用に対する考え方の違いを反映するものである。また、クラウド型AIの場合、AIの学習機能をオフにしてもサーバへのデータ送信の後に一定期間の保存自体は行われる場合が多い。法人向けプランであってもプランによって、特定の条件(不正利用の疑い、判断困難なケース等)において、例外的に人手確認が介在する可能性がある点には留意が必要である。そのため、AIを利用する場合には、性能と機密性のトレードオフを踏まえた設計が求められる。
なお、本稿は、筆者が執筆した一般に公開される作品であるので、2.法人向けAIを補助的に用いて作成している。後で述べる例は、あくまで仮想事例ではあるが、機密情報が用いられる場合を想定して、4.ローカルLLMを用いている。このように、複数のAIの使い分けが重要となる。
IV. 特許侵害訴訟での利用の仮想事例
弁護士によるAIの補助的な利用のわかりやすい仮想事例として、特許侵害訴訟の非充足の主張の検討を例に挙げる。
非充足の主張の検討は、機密性は状況により様々であるが、今回は機密情報であることを仮定して、ローカルLLMで検討をする。
まず、仮想的な事例として、侵害訴訟の対象特許の請求項において、争点の1つとなりうるクレームの文言が「ランダムな数列」であり、イ号製品が複数の疑似乱数発生器を組み合わせて数列を発生している場合を考える。
この事例のポイントは、ローカルLLMが出した一見妥当な結論に対して、別の技術的な観点を提示し、検討の深度を高める点にある。
ローカルLLMに、疑似乱数発生器から発生する数列は「ランダムな数列」であるかを尋ねると、ランダムに見えるが、数学的にはランダムではないと答える。
さらに複数の疑似乱数発生器を組み合わせた数列について尋ねると、AIは、最初は疑似ランダムな数列であると述べた。
そこで、複数の疑似乱数発生器を組み合わせた数列は、組み合わせ方によっては疑似ランダムな数列にもならないのではないかを尋ねた。筆者がこのような問いを投げかけたのは、疑似ランダムの実現は思ったよりも難しいという技術的な感覚があるからである。
AIは、その指摘は非常に鋭く、複数の疑似乱数発生器を組み合わせる方法によっては、生成される数列が疑似ランダム性すら失い、偏りが明確な数列になってしまう可能性がある旨を述べた。
AIは追加の検討を提示する能力に優れる。しかし、結論の正確性は保証されない。ある程度の壁打ちをしたら、一次資料(技術文献等)に当たり、人間が判断することが必要である。
このように、ランダムに見える数列があることから漫然と、イ号製品は「ランダムな数列」という構成要件を充足しているのではないかと思い込むのではなく、イ号製品が要件を満たすか否かを深く検討していくことが必要となる。
AIの回答はハルシネーションのおそれがある。しかし、壁打ち相手としては役に立つ。最終的には、AIの回答を信じるのではなく、イ号製品のアルゴリズムの詳細を検討の上、一次資料(各種の技術文献等)に当たって証拠を作っていくこととなる。この考え方はIT、電気、機械、化学等、様々な分野の特許の請求項の文言にも応用できる。
AIの回答を鵜呑みにするのは危険であり、必ず一次資料等に当たって人間が判断することが必要となる。また、AIに技術的に適切な問いを発し、議論を重ねる等、AIとの総合的なコミュニケーションも重要となる。
このように、AIとの共同作業により、特許侵害訴訟の主張における思考を深めていくことが考えられる。これは仮想的な一例であり、AIの利用の仕方は思考補助、ドラフト補助、検証補助等、様々なものが検討しうる。これらは、弁護士の判断を代替するものではなく、一次資料の検討を不要とするものでもない。あくまで補助として、多様な視点から判断の質を高めるのが目的である。
AIに技術的に適切な問いを発し、AIと適切に議論をするには、AIの特性の理解と技術的な知識が役に立つ。AIの技術に詳しい弁護士等が検討のチームに加わると、視点の多様性が深まる可能性があると思われる。
V.まとめ
AIの業務活用については、省力化の側面に焦点が当たりがちである。しかし、AIの知能は特定の領域において人間の能力を上回る側面も見られるようになっている。
本稿の要点は以下の3点に整理できる。① AIは弁護士の代替ではなく、あくまで補助として利用する、② 適切に用いれば、多様な観点からの検討に役立つ可能性がある、③ 利用にあたっては、機密性・法的リスク・セキュリティを踏まえた設計が不可欠である。
AIの利用自体は簡単であり、AIエージェント等も簡単に利用できる。しかし、①法律的に安全に、②依頼者の機密、個人情報等を守りつつ、③セキュリティに配慮してAIを利用するには、相当の創意工夫が必要となる。
たとえば、自律性が高いAIエージェント等の高度な機能は有用であるが、クラウド型AIを用いると、大量の情報が外部サーバに送信される可能性がある。したがって、依頼者の機密、個人情報等の観点から、より安全なスキームを検討することが重要となる。
将来、AIの知能はますます高くなり、AIの活用の重要性が増していくことが予想される。AIは「答えを出す存在」ではなく、弁護士の思考を深化させるためのパートナーとして重要となると思われる。AIの活用の仕方は、今後、弁護士の検討の進め方や品質の差として現れる時代となっていくと考えられる。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
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