AI発明についての議論の進展(産業構造審議会知的財産分科会第54回特許制度小委員会)
地域:日本
業務分野:知財一般、特許
カテゴリー:法令
1. AI発明についての議論が進展していること
特許庁の産業構造審議会知的財産分科会第54回特許制度小委員会の議事録が公開された。議事録では、AI発明についての議論が進展している。
出典:特許庁ウェブサイト
URL:https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/index/newtokkyo_054.pdf
AI発明が保護されるか、また、AIは発明者になれるかについては、裁判で争われており、未解決の問題である。裁判例も立法による解決の必要性を述べている(人工知能ダバス(DABUS)に関する令和7年1月30日知財高裁判決(令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件)、令和6年5月16日東京地裁判決(令和5年(行ウ)第5001号 出願却下処分取消請求事件))。
この問題は、立法による解決が望ましく、知的財産推進計画2025も、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会で、早期に結論を得ることを求めている。
特許庁の産業構造審議会知的財産分科会第54回特許制度小委員会の議事録では、①発明該当性、②発明者、③引用発明適格性などについて、検討されている。
また、下記の資料も公開されており、議事録は下記の資料のページについて言及している。
出典:特許庁ウェブサイト
URL:https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/54-shiryou/01.pdf
2. 特許庁の産業構造審議会知的財産分科会第54回特許制度小委員会の議事録の印象的な記載についての検討
本稿では、特許庁の産業構造審議会知的財産分科会第54回特許制度小委員会の議事録の印象的な記載について検討する。
まず、議事録9~10頁は、以下のように記載する。
議事録9~10頁:
12ページをお願いいたします。方向性を検討するに当たっての前提の整理です。まず、法目的及び制度趣旨に関してですが、初めに、人の関与が存在する発明について、AIの利活用により発明創作過程における自然人の関与が減少したとしても、自然人の関与があればAIを利活用した発明も特許法上の「発明」として保護対象に含めるとしますと、自然人が創作活動を特許出願するインセンティブとなり得ますし、特許制度を通して新規の技術が公開されることで技術情報の公開促進につながるとも考えられます。
そのため、自然人の関与があれば、AIを利活用した発明も特許法上の「発明」として保護対象に含めることは、「発明の奨励」や「産業の発達」という法目的に整合すると考えられます。
次に、いわゆるAI自律発明についてです。AI自律発明を特許法上の「発明」に該当するとして保護したとしても、AI自体は発明を行うモチベーションを持たないと考えられ、AI自体の発明創作活動は直接的に促進されず、「発明の奨励」という法目的に整合するか不明であると考えられます。一方で、AI開発者等関連する者の創作へのインセンティブという側面からの検討も必要であるようにも考えられます。
上記議事録の記載について、検討する。
上記議事録の記載は、特許制度の目的から考察しており、現行法の特許制度の目的からは妥当な考察と思われる。AIの利活用により発明創作過程における自然人の関与が減少した場合に、発明としての保護が認められなくなると、AIの利活用はしない方が特許取得の観点からは安全であるということになりかねず、産業の発達に大きなマイナスとなりうる。
また、自然人の関与が減少した場合に、発明としての保護が認められなくなると、特許侵害訴訟では、AIの利活用が大きく、自然人の関与が小さいので特許は無効であるという抗弁があらゆるケースで提出され、権利者は延々と特許無効の抗弁の審理をしなければならなくなるおそれがある。このような抗弁が認められてしまうと、被告側は、権利を無効にできる可能性があるため、裁判において抗弁を提出することになり、訴訟の遅延に繋がりうる。
また、AI技術の進歩の観点からも、AIの知能と創造性の急速な向上が見込まれる。現在の大規模言語モデル(LLM)はマルチモーダル化しており、公開されているAIに限っても、査読を通過する科学論文を自動作成できるようになっている。
囲碁AIでは、すでに囲碁の400年の歴史上の天才たちですら考えなかったクリエイティブな着手をしている。大規模言語モデル(LLM)を用いるAIにおいても、ノーベル賞級の科学研究が自動化できるようになることが予想されている。
AIを用いてなされた発明が、発明の大半を占めるような時代が近づいている。このような時代においては、AIの利活用に萎縮効果を与えないように、新しい特許制度を検討していくことが重要となると思われる。
AI自律発明については、現在は、人間社会での必要性や、倫理面など人間社会での許容性などの観点から、人間の関与が必要となると思われる。
純粋なAI自律発明について考えると、上記議事録の記載が指摘するように、現行の特許制度の目的から考えると、純粋なAI自律発明を保護しても、AI自体の発明創作活動は直接的に促進されず、「発明の奨励」という法目的に整合するか不明であるという指摘は妥当と思われる。
この点は、現行特許法の目的自体が、本格的なAIの時代に適応できなくなっている側面があると思われる。上記議事録の記載の指摘するように、現行特許法の目的でも、AI開発者等関連する者の創作へのインセンティブという側面からの検討が可能である。しかし、より本質的には、AIの時代にふさわしいように、インセンティブ論を超えて、特許制度の目的の再検討が必要と思われる。
筆者は、人工知能(AI)の時代においては、特許制度の目的を再検討することが必要であることを提案し、特許制度の目的に環境保全等の多様な価値を入れるほか、公開の代償論、インセンティブ論、競業秩序論以外に、金融機能、技術の可視化機能、新産業育成機能(産業構造転換機能)、創造的な環境の整備機能、生産性向上機能(創造人材機能)、人工知能(AI)を用いた技術開発への支援機能などの機能の発揮も特許制度の目的とすることを提案している(岡本義則「人工知能(AI)の時代における特許制度の目的」,パテント Vol.76, No.6, pp.103-111 (2023))。また、特許制度の目的を、インセンティブ論のような単純な図式ではなく、目的のポートフォリオ(特許目的ポートフォリオ)として総合的に捉えることを提案している(岡本義則「人工知能支援発明と人工知能(AI)の時代における特許制度」特許ニュース No.16007, pp.1-8(2023))。
特に、本格的なAIの時代には、人工知能(AI)を用いた技術開発への支援機能を、特許制度の目的に正面から定めることが重要と思われる。インセンティブ論を超えて、AIの時代の社会を総合的に良くする方向で考える必要があると思われる。
人工知能(AI)を用いた技術開発への支援機能は、現行特許法の産業の発達の目的にも資するものであるが、気候変動の問題の解決など環境保全等にも重要となると思われる。AIの時代には、産業の発達は、社会を総合的に良くするための一要素にすぎない。
また、議事録11~13頁は、以下のように記載する。なお、前記資料のページ数について言及されている。
議事録11~13頁:
それでは、14ページをお願いいたします。次に②「発明者」論点でございます。(1)これまでの議論の振り返りです。現行法においては、発明者の定義について明文規定はありませんが、自然人を前提としていると解されており、また裁判例の蓄積により「発明の技術的特徴部分の具体化に創作的に関与した者」が発明者たり得ると解されると認識しております。
課題検討の必要性についてですが、AIを利活用した発明創作過程について、AIのみが現行法上の発明の技術的特徴部分の具体化に創作的に関与していると言える場合、AIを利活用し、課題の着想や解決手段の発案・設計を部分的に行うなど、イノベーションに関与した自然人がいるにもかかわらず、「発明者が不在」となるおそれがあります。このように、発明らしきものがあれども「発明者が不在」の場合、当該特許出願は却下処分となり得ます。
このような事態が適切かどうか、そのような観点も踏まえ、AIを利用して生成した発明の発明者の認定は従前と同様でよいかという点について考え方を整理する必要があると考えられます。また、いわゆるAI自律発明に対してAIを発明者として認めるべきかという点等も考え方を整理する必要があると考えられます。
15ページをお願いいたします。方向性を検討するに当たっての前提の整理について、まず、法目的及び制度趣旨に関してですが、自然人の関与が存在する発明の場合、発明者の認定を従前のままとすると、AIを積極的に利活用したがゆえに発明者が不在となる状況が生じ、発明を創作又は特許権を取得するモチベーションが低下することが想定されます。
その場合、新技術の情報も開示されなくなり、発明の奨励や産業の発達という法目的が達成されない事態も考えられ、そのような状況が適切であるか、疑義が生じます。
また、発明者の認定基準が不明確である場合、企業の内部及び企業間において利益分配をする際の基準が不明となり、本来であれば権利を得られるべきであった者の利益を損なうおそれが生じ得ます。
次に、いわゆるAI自律発明についてですが、AIに報奨が付与されたとしても、その報奨はAIが次なる創作活動を行うインセンティブとならないと考えられます。そのため、いわゆるAI自律発明に対し、仮にAI自体を発明者と認め、報奨として特許権を付与したとしても、「発明を促進する」という特許法の制度目的に直接には結びつかないことが想定されます。さらに、民法などほかの法律においても、AIは権利や義務の主体として考えられていないと解されます。
上記議事録の記載について、検討する。
上記議事録の記載は、現行法においては、発明者について、自然人を前提としており、また裁判例の蓄積により「発明の技術的特徴部分の具体化に創作的に関与した者」が発明者たり得ると解されるとしている。
この点は、AIが発明者になりうるかについて裁判で争われており、裁判例も解釈論を示すだけではなく、AI発明について、以下のように立法による検討を促している。
「特許法の制定当初から直近の法改正に至るまで、近年の人工知能技術の急激な発達、特にAIが自律的に「発明」をなし得ることを前提とした立法がなされていないことは、原告が主張するとおりである。しかし、特許権は天与の自然権ではなく、「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことを目的とする特許法に基づいて付与されるものであり、その制度設計は、国際協調の側面も含め、一国の産業政策の観点から議論されるべき問題である。」(人工知能ダバス(DABUS)に関する令和7年1月30日知財高裁判決(令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件)
「・・・まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、最後に改めて付言する」(令和6年5月16日東京地裁判決(令和5年(行ウ)第5001号 出願却下処分取消請求事件)。
上記議事録の記載は、従来の解釈論の問題点を指摘し、立法論として、発明者の認定について検討をしていると思われる。
上記議事録の記載は、AIを積極的に利活用したがゆえに発明者が不在となる状況が生じてしまうと、発明を創作又は特許権を取得するモチベーションが低下することが想定されることを指摘している。今後の立法の問題意識として、重要な指摘と思われる。
上記議事録の記載は、AI自律発明についても検討している。AIに報奨が付与されたとしても、その報奨はAIが次なる創作活動を行うインセンティブとならないことを指摘している。この指摘は、現行特許法の制度目的をインセンティブの観点から捉えると、そのとおりと思われる。もっとも、AIの時代の特許制度の目的は、AIはインセンティブを与えなくても、不眠不休で創作活動を行えるので、創作活動へのインセンティブの観点から考えるのは無理があると思われる。
特許法第1条の「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」という文言は、特許法(昭和34年4月13日法律第121号)(昭和34年法)から変わっていない。
特許法第1条は、産業の発達が最優先であった昭和の高度経済成長期に制定されたものであり、AIの時代を前提にしたものではなく、AIの時代にふさわしいように、特許制度の目的の改正が必要であろう。
たとえば、たたき台としては、以下のように改正することが考えられる。
特許法第1条「この法律は、人工知能の時代において、発明の保護及び利用を図ることにより、科学技術の発展が社会に与える良い影響を促進し、産業の発達、環境の保全を含めた社会の発展に寄与することを目的とする。」
また、上記議事録の記載は、民法などほかの法律においても、AIは権利や義務の主体として考えられていないとしている。この点は、特許法以外の法律についても改正を考えることが必要であろう。特許庁の産業構造審議会知的財産分科会は、特許法等の法改正の検討について権限があるが、仮に民法など他の法律については特許庁以外の省庁が検討するのだとすると、縦割りの問題が生じていることになる。
AI発明に関するシナリオ分析の結果からは、AIが一定の権利・義務の主体となることは、AIの時代には検討が必要と思われる(岡本義則「汎用人工知能の法人格とAI権」,第29回汎用人工知能研究会, No. SIG-AGI-029-02. JSAI (2025))。
特許庁の産業構造審議会知的財産分科会での検討では、民法等の他の法律の包括的な検討をすることは難しい場合、AI戦略会議など、国家戦略を策定する部署と連携して、省庁横断的な立法の検討をすることが必要であろう。
今回の検討は、特許庁の産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会での検討であるため、特許法等の早期の改正が望ましいと思われる。特許制度の目的についても、並行してあるいは独立に改正の検討が必要と思われる。
3.まとめ
AI発明については、知的財産推進計画2025に基づいて、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会での検討が行われている。議論はまだ途中の段階であるが、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会で早期に結論が出され、AI発明についての立法がなされる可能性があり、今後の議論が注目される。
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岡本義則
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
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