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AI発明は特許法上保護されるか?令和6年5月16日東京地裁判決(令和5年(行ウ)第5001号 出願却下処分取消請求事件)とAI社会の未来

令和6年5月16日東京地裁判決(令和5年(行ウ)第5001号 出願却下処分取消請求事件)の判決が裁判所のウェッブサイトにより公開された(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/981/092981_hanrei.pdf)。

AI発明が特許法上保護されるか否かは、今後のAI社会の未来にも大きな影響を与える重要な問題である。ここでは、上記判決の判示に基づいて、AI社会の未来の観点からの感想を述べる。

I.事案の概要(以下、上記判決の判示による)
原告は、特願2020-543051に係る国際出願(以下「本件出願」という。)をした上、特許庁長官に対し、特許法184条の5第1項所定の書面に係る提出手続(以下、当該提出に係る書面を「本件国内書面」という。)をした。

そして、原告は、国内書面における発明者の氏名として、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載した。これに対し、特許庁長官は、原告に対し、発明者の氏名として自然人の氏名を記載するよう補正を命じたものの、原告が補正をしなかったため、同条の5第3項に基づき、本件出願を却下する処分(以下「本件処分」という。)をした。

本件は、原告が、被告に対し、特許法にいう「発明」はAI発明を含むものであり、AI発明に係る出願では発明者の氏名は必要的記載事項ではないから、本件処分は違法である旨主張して、本件処分の取消しを求める事案である。

II.前提事実
⑴ 本件処分に至る経緯等
ア 原告は、令和元年9月17日、欧州特許庁における特許出願を優先権の基礎とする出願として、特許協力条約に基づき、国際出願(本件出願)を行った。本件出願は、特許法184条の3第1項の規定により、同日にされた特許出願とみなされた。
イ 原告は、令和2年8月5日、特許庁長官に対し、本件国内書面(下記⑵参照)及び特許法184条の4第1項所定の明細書、請求の範囲、図面及び要約の日本語による翻訳文を提出した。その際、原告は、国内書面における発明者の氏名として、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載した(甲1-1ないし1-9)。
ウ 特許庁長官は、令和3年7月30日、原告に対し、本件国内書面に係る提出手続においては、発明者の氏名を記載しなければならず、発明者として記載をすることができる者は自然人に限られるのに、本件国内書面には、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載されており、発明者欄の氏名に、自然人を記載する補正を行わなければならないなどとして、同法184条の5第2項の規定により、本件国内書面に係る提出手続の補正を命じた(甲2)。
エ これに対し、原告は、同年9月30日、特許庁長官に対し、上記の補正命令には法的根拠がなく補正による応答は不要である旨を記載した上申書を提出した(甲3)。
オ 特許庁長官は、同年10月13日、同法184条の5第3項の規定に基づき、本件処分をした(甲4)。
カ 原告は、令和4年1月17日、本件処分に対して審査請求をしたところ、特許庁長官は、同年3月9日、弁明書を提出し、これを争った。そして、審査庁は、同年10月12日、上記審査請求を棄却した(甲5ないし8-2)。
キ これに対し、原告は、本件処分は違法である旨主張して、本件処分の取消しを求め、本件訴訟を提起した。

⑵ 本件出願について
ア 本件出願に係る国内書面には、以下の記載がある(甲1-2)。
【提出日】 令和2年8月5日
【出願の表示】
【国際出願番号】 PCT/IB2019/057809
【出願の区分】 特許
【発明者】
【氏名】 ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能
【特許出願人】
【氏名又は名称】 A
イ 本件出願に係る明細書には、以下の記載がある(甲1-3)。
【発明の名称】 フードコンテナ並びに注意を喚起し誘引する装置及び方法

2 争点
特許法にいう「発明」とは、自然人によるものに限られるかどうか。

III.裁判所の判断
裁判所は、以下のように判断して、結論として原告の請求を棄却した。
1 我が国における「発明者」という概念
知的財産基本法2条1項は、「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいうと規定している。
上記の規定によれば、同法に規定する「発明」とは、人間の創造的活動により生み出されるものの例示として定義されていることからすると、知的財産基本法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である。
そして、特許法についてみると、発明者の表示については、同法36条1項2号が、発明者の氏名を記載しなければならない旨規定するのに対し、特許出願人の表示については、同項1号が、特許出願人の氏名又は名称を記載しなければならない旨規定していることからすれば、上記にいう氏名とは、文字どおり、自然人の氏名をいうものであり、上記の規定は、発明者が自然人であることを当然の前提とするものといえる。また、特許法66条は、特許権は設定の登録により発生する旨規定しているところ、同法29条1項は、発明をした者は、その発明について特許を受けることができる旨規定している。そうすると、AIは、法人格を有するものではないから、上記にいう「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当である。
他方、特許法に規定する「発明者」にAIが含まれると解した場合には、AI発明をしたAI又はAI発明のソースコードその他のソフトウェアに関する権利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかという点につき、およそ法令上の根拠を欠くことになる。のみならず、特許法29条2項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、進歩性を欠くものとして、その発明については特許を受けることができない旨規定する。しかしながら、自然人の創作能力と、今後更に進化するAIの自律的創作能力が、直ちに同一であると判断するのは困難であるから、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、直ちにAIにも適用するのは相当ではない。さらに、AIの自律的創作能力と、自然人の創作能力との相違に鑑みると、AI発明に係る権利の存続期間は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた産業政策上の観点から、現行特許法による存続期間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得るものといえる。
このような観点からすれば、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制度及び具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう「発明者」に直ちにAIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によれば、明らかである。
これらの事情を総合考慮すれば、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られるものと解するのが相当である。
したがって、特許法184条の5第1項2号の規定にかかわらず、原告が発明者として「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載して、発明者の氏名を記載しなかったことにつき、原処分庁が同条の5第2項3号に基づき補正を命じた上、同条の5第3項の規定に基づき本件処分をしたことは、適法であると認めるのが相当である。

2 原告の主張に対する判断
⑴ 原告は、我が国の特許法には諸外国のように特許を受ける権利の主体を発明者に限定するような規定がなく、特許法の制定時にAI発明が想定されていなかったことは、AI発明の保護を否定する理由にはならない旨主張する。しかしながら、自然人を想定して制度設計された現行特許法の枠組みの中で、AI発明に係る発明者等を定めるのは困難であることは、前記において説示したとおりである。この点につき、原告は、民法205条が準用する同法189条の規定により定められる旨主張するものの、同条によっても、果実を取得できる者を特定するのは格別、果実を生じさせる特許権そのものの発明主体を直ちに特定することはできないというべきである。その他に、原告の主張は、AI発明をめぐる実務上の懸念など十分傾聴に値するところがあるものの、前記において説示したところを踏まえると、立法論であれば格別、特許法の解釈適用としては、その域を超えるものというほかない。
⑵ 原告は、AI発明を保護しないという解釈はTRIPS協定27条1項に違反する旨主張する。しかしながら、同項は、「特許の対象」を規律の内容とするものであり、「権利の主体」につき、加盟国に対し、加盟国の国内特許法にいう「発明者」にAIを含めるよう義務付けるものとまでいえず、また、原告主張に係る欧州特許庁の見解も、特許法に関する判断の国際調和という観点から一つの見解を示すものとして十分参考にはなるものの、属地主義の原則に照らし、我が国の特許法の解釈を直ちに左右するものとはいえず、本件に適切ではない。
⑶ 原告は、知的財産基本法2条1項は「その他」と「その他の」の用法を混同しており、「発明」が「人間の創造的活動により生み出されるもの」に包含されると規定するものではない旨主張する。しかしながら、特許法がAI発明を想定していなかったことは、原告も認めるとおりであり、知的財産基本法2条1項も、立法経緯に照らし、文言どおり、AI発明を想定していなかったものと解するのが相当である。そして、当時想定していなかったAI発明については、現行特許法の解釈のみでは、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた的確な結論を導き得ない派生的問題が多数生じることは、前記において繰り返し説示したとおりである。
⑷ 以上によれば、原告の主張は、いずれも採用することができない。

3 その他
その他に、原告提出に係る準備書面及び提出証拠を改めて検討しても、前記において説示したところを踏まえると、いずれも前記判断を左右するに至らない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
なお、被告は、当裁判所の審理計画の定め(第2回弁論準備手続調書参照)にかかわらず、原告主張に係るAI発明をめぐる実務上の懸念に対し、具体的な反論反証(令和5年11月6日提出予定の被告の再々反論、再々反証をいう。上記手続調書参照)をあえて行っていないものの、特許法にいう「発明者」が自然人に限られる旨の前記判断は、上記実務上の懸念までをも直ちに否定するものではなく、原告の主張内容及び弁論の全趣旨に鑑みると、まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、最後に改めて付言する。

IV.AI社会の未来の観点からの考察
上記のように、裁判所は、「まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものである」としている。
裁判所の判断のとおり、この問題は、部分的な現行法の解釈だけではなく、AI社会の未来の観点から、日本の知的財産関係の法体系全体の見直しが必要な問題と思われる。
裁判所は、知的財産基本法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解している。
知的財産基本法も、AI発明を想定しておらず、AIの時代に適したように改正をする必要があると思われる。知的財産基本法は古くなっており、AIの問題を十分に考えていない古い法律が残存することが、今後のAI社会の未来への逆噴射となる可能性がある。AI社会の未来の観点から抜本的に改正が必要と思われる。
また、判決は、「・・・AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。」と判示する。
裁判所の判示のとおり、AI社会の未来の観点からは、知的財産に関する法体系全体の幅広い見直しが必要と思われる。少なくとも知的財産基本法、特許法等の改正は必要であろう。
特許法の改正については、特許庁は専門性が高く、議員立法が専門性の観点から現実的でない可能性がある。特許庁の審議会等で、早急に改正の検討の議論を開始することが必要と思われる。パブリックコメント等により、国民的議論による民主主義的なプロセスを活用することも重要となると思われる。
この点、特許庁は、既に迅速に検討を開始している。今後も検討をしていくことが重要と思われる。
このように、立法により包括的な検討が必要であるが、個別の問題について、裁判所においても検討がなされると、社会における議論は進むと思われる。
裁判所において、本件のように多くの第三者に影響する難しい案件を検討するためには、広く一般から意見を求める第三者意見募集制度(特許法第105条の2の11)が有用と思われる。しかし、現在は、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟」等に対象が限定されているため、本件は同条の対象とならない。この点は、対象を限定する合理的理由がないため、特許案件一般や著作権案件などについても第三者意見募集制度の対象となるように、早急な法改正が必要と思われる。なお、改正法導入前にも、両当事者の協力を得て、第三者の意見募集が行なわれたことがある。
AI発明は、特許法の目的の問題と深く関係している。AIはインセンティブを与えなくても不眠不休で動作することができるので、特許法の目的について、通常のインセンティブ理論だけでは十分にAI発明を基礎づけ出来なくなっている(AIの運用費用へのインセンティブ等を考えうるにすぎない)。この点は、特許法の目的自体が古くなっており、特許法の目的を再検討し、複雑な現代社会に合わせて特許法の目的を多元化し、環境の保全や、AIを用いた技術開発の促進等も含めるなど、抜本的な改正が必要と思われる
判決は「・・・AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。」と判示する。
まさにAI社会の未来について、広く検討を進めることが必要なことを判示しており、早急な検討が必要と思われる。

執筆者

法律部アソシエイト 弁護士

岡本 義則 おかもと よしのり

[業務分野]

企業法務 国際法務 知財一般 特許 意匠

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