人工知能ダバス(DABUS)に関する令和7年1月30日知財高裁判決(令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件)とAI発明に関する考察
地域:日本
業務分野:特許
カテゴリー:判例
人工知能ダバス(DABUS)に関する令和7年1月30日知財高裁判決(令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件)が知的財産高等裁判所のウェッブページに公開された(https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/757/093757_hanrei.pdf)。
上記は人工知能ダバス(DABUS)に関する事件の控訴審判決であり、原審判決は、令和6年5月16日東京地裁判決(令和5年(行ウ)第5001号 出願却下処分取消請求事件)である。
知財高裁判決(令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件)は、原審判決の結論を維持し、地裁判決と同様、この問題が立法により解決されることが望ましいと述べている。
ここでは、上記判決について、AI発明に関する法改正を含めて考察する。
I. 用語の定義
知財高裁判決(令和6年(行コ)第10006号 出願却下処分取消請求控訴事件)は、最初に判決で用いられる用語を以下のように定義している。
(注)本判決の本文中で用いる略語の定義は、別に定めるほか、次のとおりである。
原告 :控訴人(1審原告)
被告 :被控訴人(1審被告)
AI発明 :人工知能(AI)が自律的にした発明
国内書面 :特許法184条の5第1項所定の書面
特許協力条約:千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約(昭和53年条約第13号)
TRIPS協定:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(平成6年条約第15号)
本件出願 :原告が特許協力条約に基づき行い特許法184条の3第1項の規定により特許出願とみなされた特願2020-543051に係る国際出願
本件国内書面:原告が本件出願に係る国内手続において提出した国内書面(発明者の氏名として、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」との記載がある。)
本件処分 :特許法184条の5第3項の規定に基づき本件出願を却下した特許庁長官の処分
なお、「AI発明」の略語の定義は、便宜上、原告の主張に基づいて定めるが、本件において、特許出願に係る発明を人工知能(AI)が自律的にした事実の有無は、争点となっていない。また、「AI発明」の略語は、人工知能(AI)の成果物が特許法の定める「発明」に当たり得ることをあらかじめ前提とするものではない(この点は、後記のとおり、本件の争点の一つである。)。
II.事案の概要
原告は、本件出願をした上、本件出願に係る国内手続において、特許庁長官に対し、本件国内書面を提出した。特許庁長官は、原告に対し、国内書面に発明者の氏名として自然人の氏名を記載するよう補正を命じたが、原告がこれに従った補正をしなかったため、本件処分をした。
本件は、原告が被告に対し、特許法にいう「発明」はAI発明を含むものであり、AI発明に係る特許出願の手続において発明者の氏名は必要的記載事項ではないから、本件処分は違法である旨主張して、その取消しを求める事案である。
原審は、特許法に規定する「発明者」は自然人に限られると解するのが相当であるから、国内書面に「発明者の氏名及び住所又は居所」を記載するよう定める特許法184条の5第1項2号の規定にかかわらず、原告が発明者の氏名を記載しなかったことにつき、特許庁長官が同条2項3号に基づき補正を命じた上、同条3項の規定に基づき本件処分をしたことは適法であるとして、原告の請求を棄却したところ、原告がこれを不服として控訴した。
1 関連法令の定め
裁判所は、本判決の別紙「関連法令の定め」により、関連法令の定めを引用している。
2 前提事実(争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
⑴ 原告は、令和元(2019)年9月17日、特許協力条約に基づき、発明の名称を「フードコンテナ並びに注意を喚起し誘引する装置及び方法」(注 :明細書の翻訳文(甲1の3)による。)とする発明について、世界知的所有権機関の国際事務局を受理官庁として、外国語(英語)により本件出願(PCT/IB2019/057809)をした。本件出願は、同条約4条⑴(ⅱ)の指定国に日本を含むものであり、特許法184条の3第1項の規定により、同日にされた特許出願とみなされた(甲1の3、甲8の2)。
⑵ 原告は、令和2年8月5日、特許庁長官に対し、本件出願(特願2020-543051)に係る国内手続として、本件国内書面及び特許法184条の4第1項所定の明細書、請求の範囲、図面及び要約の日本語による翻訳文を提出した。その際、原告は、本件国内書面における【発明者】の【氏名】 欄(特許法施行規則・様式第53参照)に、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載するとともに、「本出願に係る発明は、人工知能 (AI)によって自律的になされたものであり、発明者として、『ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能』と明記しております。」と記載した上申書を提出した(甲1の1~9)。
⑶ 特許庁長官は、令和3年7月30日、原告に対し、国内書面には発明者の氏名を記載しなければならず(特許法184条の5第1項2号)、発明者として記載をすることができる者は自然人に限られるが、本件国内書面の発明者の氏名欄には発明者として自然人でない者が記載されているものと認められるから、発明者の氏名欄に自然人の氏名を記載する補正を行わなければならないとして、同条2項の規定により、手続補正指令書(方式)の発送日(同年8月3日)から2月以内に、本件国内書面の発明者の氏名欄に自然人の氏名を記載する補正をすべきことを命じた(甲2)。
⑷ 原告は、同年9月30日、特許庁長官に対し、特許法にはAIを発明者とすることを禁ずる規定は存在しないから、発明者は自然人に限られるとの解釈に根拠はなく、AIによる発明を特許権により保護する必要性もあることから、補正による応答は不要である旨を記載した上申書を提出し、指定された期間内に補正をしなかった(甲3)。
⑸ 特許庁長官は、同年10月13日、前記⑶で指定した期間内に本件国内書面に係る提出手続の補正がなかったとして、特許法184条の5第3項の規定に基づき、本件出願を却下する本件処分をした(同月19日発送、甲4)。
⑹ 原告は、令和4年1月17日付けで、本件処分について、行政不服審査法に基づく審査請求をし、審査庁(特許庁長官)は、同年10月12日、上記審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲5~8の2)。
⑺ 原告は、令和5年3月27日、本件処分は違法である旨主張して、本件処分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
3.争点
⑴ 特許権により保護される「発明」は自然人によってなされたものに限られるか
⑵ 国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項であるか
III. 争点に関する当事者の主張
裁判所は、争点に関する当事者の従前からの主張は、本判決の別紙「当事者の主張」のとおりであるとした。また、当審における原告の補足的主張は、次のとおりであるとした。
1 特許法上の「発明」に関する最高裁判決(最高裁第三小法廷昭和44年1月28日判決・民集23巻1号54頁、最高裁第一小法廷昭和52年10月13日判決・民集31巻6号805頁、最高裁第三小法廷平成12年2月29日判決・民集54巻2号709頁、最高裁第一小法廷昭和28年4月30日判決・民集7巻4号461頁)をみても、客観的な反復可能性など客体の面を重視しており、発明が自然人によって創作されたか否かという主体の面は重視されていない。
2 発明が自然人による発明に限定された場合には、AI発明を生み出す意欲が減退する、生み出されても公開されず秘匿される等の弊害も生ずることになり、発明の保護及び利用を図ることにより産業の発達に寄与するという特許法の目的にも反することになる。
3 なお、欧州特許庁を含む諸外国の判断は、あくまでも「発明者」の該当性についてAIは「発明者」に該当しないと判断しているに留まり、いずれの判決も、AI発明の「発明」の該当性についての解釈に基づいて出願を却下したものではない。
IV. 裁判所の判断
裁判所は、以下のように判断して、結論として控訴を棄却した。
当裁判所も、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 争点⑴(特許権により保護される「発明」は自然人によってなされたものに限られるか)について
⑴ 特許法上の「発明」と特許を受ける権利について
ア 特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とし(同法1条)、特許権は、同法所定の出願、審査の手続を経て、設定の登録により発生する(同法66条1項)と規定している。すなわち、特許権は、特許法により創設され、付与される権利であり、特許を受ける権利もまた、同法により創設され、付与される権利である。特許法は、特許権及び特許を受ける権利の実体的発生要件や効果を定める実体法であると同時に、特許権を付与するための手続を定めた手続法としての性格を有する。
イ 特許法29条1項柱書は、「産業上利用することができる発明をした者は、…その発明について特許を受けることができる。」と規定しており、同項の「発明をした者」は、特許を受ける権利の主体となり得る者すなわち権利能力のある者であると解される。
また、同法35条1項にいう「従業者等」が自然人を指すことは、文言上、同項の「使用者等」に法人、国又は地方公共団体が含まれているのに対し、「従業者等」には法人等が含まれていないことから明らかである。そして、同条3項は、「従業者等がした職務発明」について、一定の場合に特許を受ける権利が原始的に使用者等に帰属する場合があることを定めているが、同項の規定も発明をするのは自然人(従業員等)であることを前提にしている。特許法上、「特許を受ける権利」の発生及びその原始帰属者について定めた規定は、上記の同法29条1項柱書及びその例外を定める同法35条3項以外には、存在しないから、特許法上、「特許を受ける権利」は、自然人が発明者である場合にのみ発生する権利である。そして、本件で問題となっている国際出願に係る国内書面のほか、特許出願の願書(特許法36条1項2号)、出願公開に係る特許公報(同法64条2項3号)、国際出願の国内公表に係る特許公報(同法184条の9第2項4号)、設定登録に係る特許公報(同法66条3項3号)については、いずれも「発明者の氏名」を記載又は掲載するものとされ、それぞれ、特許出願人、出願人又は特許権者について「氏名又は名称」を記載又は掲載するものとされていることと対比しても、発明者については自然人の呼称である「氏名」を記載又は掲載することを規定するものであって、職務発明の場合も含め、発明者が自然人であることが前提とされている。
ウ そうすると、特許法は、特許を受ける権利について、自然人が発明をしたとき、原則として、当該自然人に原始的に特許を受ける権利が帰属するものとして発生することとし、例外的に、職務発明について、一定の要件の下に使用者等に原始的に帰属することを認めているが、これら以外の者に特許を受ける権利が発生することを定めた規定はない。また、同法に定める「特許を受ける権利」以外の権利に基づき特許を付与するための手続を定めた規定や、自然人以外の者が発明者になることを前提として特許を付与するための手続を定めた規定もない。したがって、同法に基づき特許を受けることができる「発明」は、自然人が発明者となるものに限られると解するのが相当である。
エ (ア) これに対し、原告は、特許法29条1項柱書は「AI発明については特許を受ける権利が発生しない」などと規定しているわけではなく、法人が発明者とならないとの解釈についても同法35条3項と併せて初めて導き出されるものであり、同項に相当する規定がないAI発明について、同法29条1項柱書のみから、特許を受ける権利が発生しないと解することはできない旨主張する。
しかし、特許を受ける権利は、特許権と同じく特許法により創設され、付与される権利であるから、権利能力のない存在が発明した発明について特許を受ける権利が発生する旨の規定や、その場合の権利の帰属者を定める規定がないのに、これを否定する規定がないことだけを理由に、特許法上、権利能力のない存在が行った「発明」について特許を受ける権利が発生するとは認められない。
そもそも、特許法が予定している「特許を受ける権利」の解釈は、特許法29条1項柱書の文言、同法の他の規定の文言との整合性を検討した上でされるべきものであり、検討した結果、同項柱書にいう「発明をした者」が自然人をいうものと解されることは、前記ウのとおりである。
したがって、原告の前記主張は理由がない。
(イ) 原告は、前記各最高裁判決を引用し、発明が自然人によって創作されたか否かという主体の面は重視されていない等と主張する。しかし、これらの最高裁判決は、いずれも発明の要件としての技術的完成度や自然法則の利用等が問題となった事案であって、「発明」の主体が争点となった事案ではない。確かに、特許法2条1項の規定する「発明」の定義(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの)中には、発明者が誰であるかという点は明示的に含まれてはいないけれども、特許法上、特許を受けるための手続については、これまで検討したとおり、権利能力のない存在を発明者とする発明について特許を付与するための手続は定められていない。したがって、仮に、原告が主張するように特許法上の「発明」の概念自体は自然人を発明者とする場合に限られないと解したとしても、権利能力のない存在を発明者とする「発明」について、同法に基づく手続により特許権を付与する余地がないことに変わりはない。
(ウ) 原告は、AIであるダバスがした発明について、善意の占有者(民法189条1項、205条)又は所有者(同法206条、89条1項)の果実取得権に基づき、本件出願に係る発明についての特許を受ける権利を有していると主張する。
しかし、発明という情報を客体として保護する場合の財産権の具体的内容は、特許法その他の個別の法律により決まるべき性質のものである。AIは有体物ではないから、所有権の対象にはならず、仮に、AIの使用者が民法205条の規定にいう財産権を行使している者に該当すると考えた場合でも、「AI発明について特許を受ける権利」は、「物の用法に従い収取する産出物」又は「物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物」(民法88条1項及び2項)のいずれにも該当しない。前記のとおり、AI発明について特許を受ける権利が発生する根拠規定自体存在しないのであるから、現行法上、これを財産権の行使に係る果実に該当するものと解することはできない。そもそも、AIに係る当該財産権の内容として、いかなるものを考えるべきかどうかということ自体、今後の検討課題と言わざるを得ない。特許法が認めていない特許を受ける権利が、これらの民法の規定に基づいて発生すると解することはできず、本件において、民法89条を適用し、又は準用することもできないというべきであるから、原告の主張は失当である。
(エ) 原告は、日本の特許法は、英国、オーストラリア又はニュージーランドのように特許を受ける権利の原始的帰属を発明者に限定する趣旨の条文も、米国のように特許出願人となり得る主体を限定する趣旨の条文も定めていないから、特許を受ける権利の原始的帰属や特許出願人となり得る主体が限定されていないと主張する。
しかし、特許法の解釈として、自然人が発明者となる発明の場合に特許を受ける権利の発生及び原始的帰属が限定されていると解すべきことは、これまで述べたとおりである。
(オ) 原告は、特許法の制定当時、AI発明という概念やこれに伴う法律問題は存在しておらず、特許法が自然人による発明のみを前提にして制定されたことは明らかであるから、特許法がAI発明に関する規定を設けていないことは、AI発明の保護を一律に否定する理由にはならないと主張し、また、AI発明は現に誕生して利用され、今後も増加が予想されるから、産業の発達に寄与するという特許法の目的に照らし、できる限り保護を認めるよう解釈運用すべきであって、自然人による発明に限定した場合には、AI発明を生み出す意欲が減退する、生み出されても公開されず秘匿される等の弊害も生ずることになり、産業の発達に寄与するという特許法の目的にも反する等と主張する。
特許法の制定当初から直近の法改正に至るまで、近年の人工知能技術の急激な発達、特にAIが自律的に「発明」をなし得ることを前提とした立法がなされていないことは、原告が主張するとおりである。
しかし、特許権は天与の自然権ではなく、「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことを目的とする特許法に基づいて付与されるものであり、その制度設計は、国際協調の側面も含め、一国の産業政策の観点から議論されるべき問題である。
例えば、次世代知財システム検討委員会報告書(平成28年4月、知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会、次世代知財システム検討委員会、乙10)においては、人工知能による自律的な創作(AI創作物)について、「『情報量の爆発的な増大』という形で、人間による創作活動を前提としている現在の知財制度や関連する事業活動に影響を及ぼしていくと考えられる。人工知能は、人間よりはるかに多くの情報を生成し続けることが可能と考えられるからである。」、「AI創作物が自然人の創作物と同様に取り扱われるとなると、それは即ち、人工知能を利用できる者(開発者、AI所有者等)による、膨大な情報や知識の独占、人間が思いつくような創作物はすでに人工知能によって創作されてしまっているという事態が生じることも懸念される。」等の指摘がされている。
すなわち、AI発明に特許権を付与するか否かは、発明者が自然人であることを前提とする現在の特許権(原則として、特許権は特許出願の日から20年の存続期間を有し、特許権者は業として特許発明を実施する権利を独占し(特許法68条本文)、侵害者に対する差止請求権(同法100条)及び損害賠償請求権を有する等)と同内容の権利とすべきかを含め、AI発明が社会に及ぼすさまざまな影響についての広汎かつ慎重な議論を踏まえた、立法化のための議論が必要な問題であって、現行法の解釈論によって対応することは困難である。原告が主張する発明者を自然人に限定した場合の弊害等も、これらの立法政策についての議論の中で検討されるべき問題である。
そうすると、本件処分時点(及び現時点)で特許法がAI発明の存在を前提としていないことは、特許権付与によりAI発明を保護するという立法的判断がなされていないことを意味し、この場合において、単純にAI発明を現行制度の特許権の対象とするような法解釈をすることが、直ちに「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことにつながるということはできない。
(カ) 原告は、TRIPS協定27条1項は、新規性、進歩性及び産業上の利用可能性のある発明について、自然人がしたか否かにかかわらず、特許法上の保護を与える義務を規定しているから、特許法がAI発明の保護を排除していると解釈することは、同協定の規定に反することになる旨主張する。
しかし、TRIPS協定には、原告の指摘する27条1項を含め、同項にいう「発明」についての定義はなく、前記(オ)のとおり、近年に至るまで、AIが自律的に「発明」をなし得るという事態は生じていなかったことからすると、同協定がAI発明に特許法上の保護を与える義務を規定していると解することはできない。
オ 以上のとおり、原告の主張は、いずれも採用することができない。
⑵ 小括
したがって、現行特許法は、自然人が発明者である発明について特許を受ける権利を認め、特許を付与するための手続を定めているにすぎないから、AI発明については、同法に基づき特許を付与することはできない。
そうすると、AI発明が特許法上の「発明」の概念に含まれるか否かについて判断するまでもなく、特許法に基づきAI発明について特許付与が可能である旨の原告の主張は、理由がない。
2 争点⑵(国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項であるか)について
⑴ 特許法は、国際特許出願の国内手続において、発明者の氏名を記載した国内書面を提出しなければならないと規定し(同法184条の5第1項柱書、2号)、特許庁長官は、国内書面の提出に係る手続が経済産業省令で定める方式に違反しているときは、相当の期間を指定して手続の補正を命ずることができ(同条2項柱書、3号)、これを受けた特許法施行規則38条の5第1号は、国内書面の方式として、発明者の氏名を含む特許法184条の5第1項各号に掲げる事項が記載されていることを規定し、特許庁長官は、指定した期間内に手続の補正がなされないときは、当該国際特許出願を却下することができると規定しているのであるから(同条3項)、国内書面において「発明者の氏名」が必要的記載事項として規定されていることは明らかである。
⑵ 原告は、AI発明の出願において、発明者の氏名は必要的記載事項ではないと主張する。
しかし、原告の主張は、権利能力のない存在が行ったAI発明について、特許法上、特許を付与することができると解することを前提とするものであって、この前提において誤っているから、採用することができない。
なお、原告が指摘する、氏を持たない個人の場合については、名を記載すれば足りると解すべきことはあまりにも当然であるし、法人名を記載した出願の実体審査がなされた事例は、必要的記載事項の要件を看過してなされた事例があるというだけであり、当然ながら、これらの事例が存在するからといって、特許出願手続上、「発明者の氏名」が必要的記載事項ではないと解することはできない。
また、現行特許法上、発明者は自然人であることが前提とされている以上、出願書類等に記載すべき「発明者の氏名」が自然人であることは当然の論理的帰結である。これと異なる前提に立って、AI発明の出願において「発明者の氏名」を必要的記載事項と解することが憲法14条に違反するとの原告の主張は、採用することができない。
⑶ 原告は、AI発明の出願において発明者の氏名を必要的記載事項とした場合、発明者でない自然人を発明者として記載した出願の増加を招く問題点がある旨主張し、さらに、このような冒認出願に係るAI発明の特許は、冒認を理由とする無効審判の請求権者である利害関係人が存在せず、無効とならない問題点がある旨主張する。
原告が指摘するこれらの問題は、AI発明の存在を前提としていない現行法の問題点の一つといえるが、発明者の氏名欄の記載を必要的記載事項でないと解すれば解決するものではない。原告の指摘する問題点は、前記のとおり、AI発明に関する立法政策の議論の中で検討されるべき問題であって、現行法の解釈として、発明者の氏名欄の記載が必要的記載事項ではないと解する根拠にはならない。
なお、原告指摘の冒認出願については、特許の拒絶の査定をする理由になる(特許法49条7号)ほか、侵害訴訟において特許無効の抗弁として主張することは可能である(同法104条の3第1項、3項)。AI発明において同法123条2項の利害関係人(特許を受ける権利を有する者)として同条1項6号に該当することを理由に特許無効審判を請求する者が存在しないとしても、それは現行法が予定していなかった事態が生じたというだけで、特許法上、自然人を発明者とする発明についてのみ特許付与が可能である旨の前記解釈を変更する理由にはならない。
⑷ 原告は、AI発明の出願において発明者の氏名を必要的記載事項と解することは、欧州特許庁の判断と整合しないと主張する。
しかし、原告指摘の説示(甲10・段落4.4.1)は、欧州特許出願に発明者を表示すべき旨定めた欧州特許条約81条第1文の解釈について、欧州特許庁が示した判断であって、かつ、結論として発明者適格を有するのは自然人のみであるとした判断の理由の一部であるにすぎず、我が国の特許法の解釈として、国内書面の「発明者の氏名」が必要的記載事項であることを否定する根拠とはならない。
⑸ したがって、国際特許出願に係る国内手続において、国内書面の「発明者の氏名」は必要的記載事項である。
3 結論
以上のとおり、本件処分は適法であるから、原告の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
V. AI発明に関する立法化のための議論を含めた考察
上記のように、知的財産高等裁判所(知財高裁)は、AI発明の問題については立法により解決されるべきであると判断している。知財高裁は、以下のように判示する。
「特許法の制定当初から直近の法改正に至るまで、近年の人工知能技術の急激な発達、特にAIが自律的に「発明」をなし得ることを前提とした立法がなされていないことは、原告が主張するとおりである。しかし、特許権は天与の自然権ではなく、「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」ことを目的とする特許法に基づいて付与されるものであり、その制度設計は、国際協調の側面も含め、一国の産業政策の観点から議論されるべき問題である。」
このように、裁判所は、現行法が不十分なことは指摘しつつも、制度設計については、国際協調の側面も含め、一国の産業政策の観点から議論されるべき問題であるとしている。
また、裁判所は、以下のように判示する。
「すなわち、AI発明に特許権を付与するか否かは、発明者が自然人であることを前提とする現在の特許権(原則として、特許権は特許出願の日から20年の存続期間を有し、特許権者は業として特許発明を実施する権利を独占し(特許法68条本文)、侵害者に対する差止請求権(同法100条)及び損害賠償請求権を有する等)と同内容の権利とすべきかを含め、AI発明が社会に及ぼすさまざまな影響についての広汎かつ慎重な議論を踏まえた、立法化のための議論が必要な問題であって、現行法の解釈論によって対応することは困難である。原告が主張する発明者を自然人に限定した場合の弊害等も、これらの立法政策についての議論の中で検討されるべき問題である。」
このように、知財高裁判決は、AI発明が社会に及ぼすさまざまな影響についての広汎かつ慎重な議論を踏まえた、立法化のための議論が必要であるとしている。この点は、地裁判決も、「まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものである」としており、地裁判決、知財高裁判決とも、立法化のための議論が必要であるとしている。
知財高裁判決の判断のとおり、この問題は、部分的な現行法の解釈だけではなく、立法化のための議論が必要な問題と思われる。
地裁判決、知財高裁判決が、判決文で、単に解釈論を展開して結論を導くだけではなく、立法化のための議論の必要性に言及していることは、AI発明の問題について、立法化のための議論が重要であることを示している。
立法化のための議論については、既に政府はAI発明に関する立法化の検討に入っている。本件については、速やかな立法化のための議論がなされることが望ましいと思われる。
もっとも、一般的にAIの問題については、AI技術の進歩が著しく速いため、立法のボトルネック(人工知能(AI)・IoTの時代における改正法のボトルネック問題)が生じうる。すなわち、一年間に審議会で法改正の議論のテーマになったり、議員立法ができる法案の数には限界があり、AI技術の進歩に追いつけないという問題がありうる。
そのため、AI関係の問題について、裁判所においても、政策的な問題に踏み込んだ検討がなされると、社会における議論がより一層進むと思われる。米国においては、裁判所にアミカスブリーフなどが提出され、裁判所が政策的な考慮をすることに対し、民主的なバックアップがある。
日本においても、広く一般から意見を求める第三者意見募集制度(特許法第105条の2の11)が制定された。しかし、現在は、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟」等に対象が限定されているため、本件は同条の対象とならない。この点は、対象を限定する理由が乏しいため、他の特許案件や著作権案件などについても第三者意見募集制度の対象となるように、早急な法改正が必要と思われる。
解釈論についても、裁判所での議論と判断がなされることにより、裁判所の解釈論の限界が示されることで、立法論の検討が進む側面がある。たとえば、審議会で立法のための議論をしようとしても、裁判例が少ない場合には、どこから着手するかも不明で、時期尚早として、審議会でのテーマとして取り上げられない可能性がある。
本件は、発明者として、『ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能』と明記をして、裁判を行なうことで、ダバス(DABUS)のしたAI発明の事件として裁判所で議論され、AI発明に関する立法化の動きを促進した点で、社会的に大きな意義のある事件と思われる。地裁判決、知財高裁判決も、立法化の議論が必要なことを判決で言及しており、現行法の問題点と、立法化の議論の必要性が、地裁判決、知財高裁判決により明らかになった側面があると思われる。
AI発明の問題は、立法論の問題としても簡単ではない。AI発明の保護について、立法論としていくつかの方向性についてシナリオ分析をしている。シナリオ分析の結果としては、おそらく一国の産業政策の観点からは、事実の問題としてAIがなした発明については、端的にAIを発明者として認めるのが、立法論としては有力と思われる。より分析を深めていく必要があると思われる。
地裁判決も、「・・・AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。」と判示している。
知財高裁判決も、地裁判決も、AI発明の問題について、立法化の議論が必要なことを判示しており、早急な検討が必要と思われる。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
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