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人工知能(AI)の時代の特許制度の目的と環境保全(地球温暖化、気候変動の問題と特許法)

特許制度の目的については、従来は、地球温暖化、気候変動の問題などの環境の保全の問題とは結びつけて考えられていなかった。地球温暖化、気候変動の問題に関しては、地球温暖化対策の推進に関する法律、気候変動適応法等が制定されている。しかし、特許制度は、産業財産制度として位置づけられ、環境保護制度の文脈では位置づけられてはいなかった。

しかし、気候変動の問題の本質を考えると、特許制度の目的の1つとして環境保全を入れ、気候変動の問題の解決に向けた特許制度を検討することが重要であることがわかる。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)27頁によれば、「自然科学的見地から、人為的な地球温暖化を特定の水準に制限するには、CO2の累積排出量を制限し、少なくとも正味ゼロのCO2排出を達成し、他の温室効果ガスの排出も大幅に削減する必要がある。」とされている。

昔は、地球温暖化は、排出削減をすれば解決できると考えられていた。しかし、現在は、CO2の排出量を「削減」しても、CO2の累積排出量は増えていくので、地球温暖化は止められず、CO2の排出量を少なくとも「正味ゼロ」にすることが必要になるという認識となっている。

このように、正味ゼロのCO2排出量が必要であることから、脱炭素社会が提案され、また、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルが提案されている。そして、地球温暖化対策の推進に関する法律第2条の2は、2050年までに、脱炭素社会(人の活動に伴って発生する温室効果ガスの排出量と吸収作用の保全及び強化により吸収される温室効果ガスの吸収量との間の均衡が保たれた社会)の実現を目指している。

しかし、CO2の排出量を正味ゼロにすることは、現在(2023年)の人類の技術水準では難しい。CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)などCO2吸収系の技術も開発されているが、現状ではコストの問題があって吸収には限界があり、排出量を相当少なくすることが必要になるであろう。

発電を例にしても、日本は火力発電が多数を占めており、石炭、天然ガス、石油などの化石燃料を燃やしている。他の発電方式も、CO2は排出される。

鉄などの金属、プラスチック、コンクリートなど、ほとんどの材料の生産・輸送・廃棄等も、CO2の排出を伴う。

リサイクルをしてもCO2は排出される。たとえば、プラスチックをリサイクルする方法は大きく分けて3種類(サーマルリサイクル、マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクル)あるが、現在の日本で多数を占めるサーマルリサイクルはもちろん、マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクルでもCO2は排出される。

乗り物も、旅客機は、化石燃料を用いている。電気自動車や電車も、火力発電所をはじめとする発電所の電気を使っており、また、車体に金属、プラスチックなどが使われ、この点でもCO2を排出する。

家庭でも、CO2排出量をゼロにしようとすれば、ガスはもちろん、電気も水道も使えないことになりうる。太陽光パネルを導入しても、パネルの生産と廃棄にはCO2排出が伴う。家の材料も、金属、コンクリート、プラスチック等は使えず、木造で茅葺屋根にしても、CO2の排出はゼロではない。木材を使った場合、伐採した木材を、苗木を育てて再生した場合は、伐採した木材の炭素量と、苗木が光合成で吸収した炭素量が釣り合えばCO2排出量は正味ゼロになりうる(しかし、伐採の動力や木材の輸送分などのCO2は排出される)。なお、人間の手の入っていない平衡状態にある森林は、木の量(炭素の固定量)が増えないので、CO2吸収量はほとんどゼロであり、森林によるCO2吸収にも過度に期待はできない。

このように、現在の人類の技術水準では、CO2の排出をゼロにしようとすれば、江戸時代のように木造家屋に茅葺屋根、燃料は薪のみ、水は井戸を手で汲み上げるような生活を想定しても、実現は困難であろう。

そうすると、2050年までに、どうやってCO2排出量の正味ゼロを実現するのかが問題となる。

現在(2023年)の人類の技術水準では解決できないので、根本的に人類の技術水準を引き上げる必要があるというのが、気候変動の問題の本質であろう。

化石燃料を燃やさない文明への文明の転換、電池の技術などエネルギー貯蔵技術の飛躍的な発展による再生可能エネルギーのポテンシャル発揮、CO2吸収系の技術の飛躍的発展、ジオエンジニアリングなど地球の気候の操作技術の実用化(現在は副作用があるので使えない)など、大きな技術革新が、気候変動の問題を根本的に解決するためには必要と思われる。

このように気候変動の問題の本質を考えると、レジ袋を有料にするよりも大切なことが見えてくる。それは、特許制度の目的に、環境の保全、気候変動の問題の解決を入れることである。

特許制度の目的については、特許法第1条が「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」としており、「産業の発達」に寄与することが目的とされている。この点は、特許法(昭和34年4月13日法律第121号)(昭和34年法)から改正されていない。戦後の高度経済成長期においては、「産業の発達」は、極めて重要であったと考えられる。

しかし、人工知能(AI)の時代である現代では、社会はより複雑化しており、「産業の発達」だけではなく、環境の保全を含め、多様な価値を考慮することが重要となる。たとえば、人工知能(AI)を用いた環境関連技術の開発の加速による気候変動の問題の解決が重要となる。

特許制度の目的の1つに、環境の保全を入れ、特許制度を気候変動の問題の解決に適した制度とする社会的なイノベーションを実現すれば、気候変動の問題の解決に大きく貢献することができるであろう。

たとえば、特許制度の目的に気候変動の問題の解決を入れ、気候変動を解決する特許については、世界の国々に無料でライセンスをすることを選択した場合、その技術によるCO2の削減量は、日本の削減量の寄与分としてカウントでき、発明者は、CO2削減量等に応じた報酬を国から得られるようにする制度が考えられる。

このような取り組みを日本が始め、世界の国々にも広がっていけば、気候変動の問題を解決するできるであろう。

これは、環境世界特許(Environmental World Patent)の制度につながっていく。現在、世界の特許制度は、国ごとに分かれており、世界特許(World Patent)は実現していない。しかし、気候変動の問題は地球全体の問題である。まずは、環境の分野から、世界特許を実現し、それを他の分野にも広げていくことが必要となるであろう。

各国の特許制度が、気候変動の問題の解決を制度目的の1つとするようになり、気候変動を解決する環境技術について、1か国で特許が成立した場合、世界各国で相互承認をするようになれば、環境世界特許(Environmental World Patent)が実現する。承認した国の人々や企業は、無料で特許を使うことができ、各国は、その技術によるCO2削減量の推計値を計算して報告する。

気候変動の問題を解決する技術の場合、地球規模で実施されることで効果が上がるので、環境世界特許は、技術の独占を基調とするものにはならないであろう。基本的に自由に技術を使えるが、使用したことによるCO2削減分等に応じて、発明者に支払いがなされるような仕組みが考えられる。

筆者は、人工知能(AI)の時代においては、特許制度の目的を再検討することが必要であることを提案し、特許制度の目的に環境保全等を入れるほか、公開の代償論、インセンティブ論、競業秩序論以外に、金融機能、技術の可視化機能、新産業育成機能(産業構造転換機能)、創造的な環境の整備機能、生産性向上機能(創造人材機能)、人工知能(AI)を用いた技術開発への支援機能などの機能の発揮も特許制度の目的とすることを提案している(岡本義則「人工知能(AI)の時代における特許制度の目的」,パテント Vol.76, No.6, pp.103-111 (2023))。

特に人工知能(AI)を用いた技術開発への支援機能は、気候変動の問題を解決する際に重要と考えられる。

気候変動の問題の解決に役立つ技術を開発する場合、研究、開発に従事する研究者・技術者の数は限定されており、技術開発の速度が遅すぎるという問題がある。しかし、人工知能(AI)が人間の研究開発を助けることにより、気候変動の問題の解決に役立つ技術の開発速度を飛躍的に引き上げることができるであろう。

このように、人工知能(AI)の時代においては、特許制度の目的について、広い視野を持って、柔軟に考えていくことが必要となると思われる。

執筆者

法律部アソシエイト 弁護士

岡本 義則 おかもと よしのり

[業務分野]

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