ドワンゴ事件最高裁判決とネットワーク関連発明
地域:日本
業務分野:特許
カテゴリー:判例
ドワンゴ事件最高裁判決が出されています。また、ネットワーク関連発明については、現在、産業構造審議会知的財産分科会の特許制度小委員会で法制度の検討がなされています。
I.ドワンゴ事件最高裁判決
ドワンゴ事件最高裁判決は、以下の2件の判決があります。
令和5年(受)第14号、第15号 特許権侵害差止等請求事件
令和7年3月3日 第二小法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/838/093838_hanrei.pdf
令和5年(受)第2028号 特許権侵害差止等請求事件
令和7年3月3日 第二小法廷判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/839/093839_hanrei.pdf
まず、上記2件の最高裁判決について検討します。
(1)上記令和7年3月3日最高裁判決(令和5年(受)第14号、第15号 特許権侵害差止等請求事件)は、以下のように判示しています。
1 本件は、被上告人が、上告人らに対し、上告人らの行為が被上告人の有する特許権を侵害すると主張し、上告人らの行為の差止め及び損害賠償等を求める事案であり、我が国の領域外から領域内にインターネットを通じてプログラムを配信する上告人らの行為が、特許法2条3項1号にいう「電気通信回線を通じた提供」及び同法101条1号にいう「譲渡等」に当たり、我が国の特許権を侵害するかが問題となっている。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
⑴ 被上告人は、発明の名称を「表示装置、コメント表示方法、及びプログラム」とする特許(特許第4734471号)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。当該特許の特許請求の範囲における請求項1、2、5及び6に記載された各発明(以下「本件各装置発明」という。)は、表示装置の発明であり、請求項9及び10に記載された各発明(以下「本件各プログラム発明」という。)は、プログラムの発明である。
従来から動画の再生に併せてユーザによって書き込まれたコメントを表示するというシステムが存在したところ、本件各装置発明及び本件各プログラム発明は、動画が表示される範囲とコメントが表示される範囲を調整するなどすることにより、表示されたコメントが、動画自体の内容ではなく、書き込まれたものであることを把握可能にし、もって、コメントの読みにくさを低減させるという効果を奏する。
⑵ 上告人エフシーツー・インクは、米国ネバダ州法に基づいて設立された法人であり、インターネットを利用した動画配信サイトの運営等を業としている。上告人株式会社ホームページシステムは、上告人エフシーツーの日本における業務代行拠点として設立された日本法人であり、サーバの設置や管理、インターネットを利用した各種情報提供サービス等を業としている。
上告人エフシーツーは、我が国に在住するユーザに向けて、インターネットを通じ、複数の動画共有サービス(以下「本件各サービス」という。)を提供している(なお、一部のサービスに係る事業は、令和2年9月、第三者に譲渡されたが、論旨に関係する事情ではない。)。本件各サービスにおいては、動画の再生に併せてユーザによって書き込まれたコメントが表示される。
⑶ 上告人らは、本件各サービスを提供するため、米国所在のサーバから、インターネットを通じ、ユーザが使用する我が国所在の端末に対し、本件各プログラム発明の技術的範囲に属する各プログラム(以下「本件各プログラム」という。)を配信している(以下、この配信を「本件配信」という。)。
本件配信は、ユーザが、我が国所在の端末を使用し、本件各サービスに係る動画を視聴するための各ウェブページ(以下「本件各ページ」という。)にアクセスすると、本件各プログラムに係るファイル(JavaScriptファイルなど)を米国所在のサーバから送信し、当該端末にダウンロードさせるものである。
そして、このダウンロードがされると、当該端末に自動的に本件各プログラムがインストールされて実行可能となり、本件各サービスが本件各プログラムを利用することで、ユーザにおいて、当該端末上で動画の表示範囲とコメントの表示範囲が調整されるなどした動画を視聴し得るようになる。
⑷ ユーザは、前記のアクセスをすることにより、その使用している端末に本件各プログラムをインストールさせ、本件各装置発明の技術的範囲に属する装置を我が国の領域内において生産している。そして、本件各プログラムは、当該装置の「生産にのみ用いる物」(特許法101条1号)に当たる。
3 所論は、本件配信は、我が国の領域外からするものであるから、特許権についての属地主義の原則に照らし、我が国の特許権の効力が及ぶ行為に当たらないというべきであるのに、これが特許法2条3項1号にいう「電気通信回線を通じた提供」及び同法101条1号にいう「譲渡等」に当たるとした原審の判断に法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
4⑴ 我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、プログラム等が、電気通信回線を通じて我が国の領域外から送信されることにより、我が国の領域内に提供されている場合に、我が国の領域外からの送信であることの一事をもって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、上記の提供が「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号)に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における「電気通信回線を通じた提供」に当たると評価されるときは、当該行為に我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。そして、この理は、特許法101条1号にいう「譲渡等」に関しても異なるところはないと解される。
⑵ 本件配信は、本件各プログラムに係るファイルを我が国の領域外のサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、その行為の一部が我が国の領域外にあるといえる。しかし、これを全体としてみると、本件配信は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、本件各サービスは、本件配信により当該端末にインストールされた本件各プログラムを利用することにより、ユーザに、我が国所在の端末上で動画の表示範囲とコメントの表示範囲の調整等がされた動画を視聴させるものである。これらのことからすると、本件配信は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程として行われ、我が国所在の端末において、本件各プログラム発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によりされるものである本件配信が、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人らは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供をしていると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信は、特許法2条3項1号にいう「電気通信回線を通じた提供」に当たるというべきである。
⑶ また、本件各サービスは、本件配信及びそれに引き続く本件各プログラムのインストールによって、本件各装置発明の技術的範囲に属する装置が我が国の領域内で生産され、当該装置が使用されるようにするものであるところ、本件配信は、我が国所在の端末において、本件各装置発明の効果を当然に奏させるようにするものといえ、サーバの所在地や経済的な影響に係る事情も前記⑵と同様である。そうすると、上告人らは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、前記装置の生産にのみ用いる物である本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供としての譲渡等をしていると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信は、特許法101条1号にいう「譲渡等」に当たるというべきである。
5 原審の判断は、以上と同旨をいうものとして是認することができ、所論引用の前掲平成14年9月26日第一小法廷判決は、本件に適切でない。論旨は採用することができない。
(2)また、上記令和7年3月3日最高裁判決(令和5年(受)第2028号 特許権侵害差止等請求事件)は、以下のように判示しています。
1 本件は、被上告人が、上告人に対し、上告人の行為が被上告人の有する特許権を侵害すると主張し、上告人の行為の差止め及び損害賠償等を求める事案であり、我が国の領域外から領域内にインターネットを通じてファイルを送信することなどにより、我が国の領域外に所在するサーバと領域内に所在する端末とを含むシステムを構築する上告人の行為が特許法2条3項1号にいう「生産」に当たり、我が国の特許権を侵害するかが問題となっている。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
⑴ 被上告人は、発明の名称を「コメント配信システム」とする特許(特許第6526304号)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有しており、当該特許の特許請求の範囲における請求項1及び2に記載された各発明(以下「本件各発明」という。)は、システムの発明である。
本件各発明は、動画及び動画に対してユーザが書き込んだコメントを表示する端末装置と当該端末装置に当該動画や当該コメントに係る情報を送信するサーバとをネットワークを介して接続したシステムに関するものであって、動画上に表示されるコメント同士が重ならないように調整するなどの処理を行うものであり、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という効果を奏する。
⑵ 上告人は、米国ネバダ州法に基づいて設立された法人であり、インターネットを利用した動画配信サイトの運営等を業としている。
上告人は、我が国に在住するユーザに向けて、インターネットを通じ、複数の動画共有サービス(以下「本件各サービス」という。)を提供している(なお、一部のサービスに係る事業は、令和2年9月、第三者に譲渡されたが、論旨に関係する事情ではない。)。本件各サービスは、動画の再生に併せてユーザによって書き込まれたコメントが表示されるものである。
⑶ 上告人は、本件各サービスを提供するため、米国内で、ウェブサーバ、コメント配信用サーバ及び動画配信用サーバを設置管理しているところ(ただし、一部のサービスに係る動画配信用サーバは、第三者が設置管理するものであり、我が国に所在する場合と所在しない場合があり得る。)、そのうちのウェブサーバから、インターネットを通じ、ユーザが使用する我が国所在の端末に対し、HTMLファイル及びプログラムを格納したファイル(JavaScriptファイルなど)を配信している(以下、この配信を「本件配信」という。)。
本件配信は、ユーザが、我が国所在の端末を使用し、本件各サービスに係る動画を視聴するための各ウェブページ(以下「本件各ページ」という。)にアクセスすると、前記プログラムを格納したファイル等を米国所在の前記ウェブサーバから送信し、当該端末にダウンロードさせるものである。
本件配信がされると、前記端末は、前記ファイルの記述に基づき自動的に(ただし、動画再生ボタンの押下を要する場合がある。)、インターネットを介して接続された前記動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバにそれぞれ動画及びコメントに係るデータファイルを要求し、これらのファイルを受信してコメント同士が重ならないように調整した上、動画にコメントを重ねて前記端末上で表示するなどの処理を行うことになり、前記端末と前記動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバとを含む本件各発明の技術的範囲に属するシステム(以下「本件システム」という。)が構築される。
3 所論は、上告人は我が国の領域外で本件配信をする行為をしているにすぎず、また、本件システムの一部は我が国の領域外にあることからすると、本件配信が、本件システムを構築するものであるとしても、特許権についての属地主義の原則に照らし、我が国の特許権の効力が及ぶ行為に当たらないというべきであるのに、本件配信により本件システムを構築する行為が特許法2条3項1号にいう「生産」に当たるとした原審の判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。
4⑴ 我が国の特許権の効力は、我が国の領域内においてのみ認められるが(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)、電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、また、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合に、我が国の領域外の行為や構成を含むからといって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、当該システムを構築するための行為が特許法2条3項1号にいう「生産」に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たると評価されるときは、これに我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。
⑵ 本件配信は、プログラムを格納したファイル等を我が国の領域外のウェブサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、本件システムを構築するための行為の一部が我が国の領域外にあるといえるものであり、また、本件配信の結果として構築される本件システムの一部であるコメント配信用サーバは我が国の領域外に所在するものである。しかし、本件システムを構築するための行為及び本件システムを全体としてみると、本件配信による本件システムの構築は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、その結果、本件システムにおいて、コメント同士が重ならないように調整するなどの処理がされることとなり、当該処理の結果が、本件システムを構成する我が国所在の端末上に表示されるものである。これらのことからすると、本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人は、本件配信及びその結果としての本件システムの構築によって、実質的に我が国の領域内において、本件システムを生産していると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信による本件システムの構築は、特許法2条3項1号にいう「生産」に当たるというべきである。
5 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の前掲平成14年9月26日第一小法廷判決は、本件に適切でない。論旨は採用することができない。
(3)上記2件の最高裁判決の検討
上記2件の最高裁の判決は、「電気通信回線を通じた提供」「譲渡等」という文言か、「生産」という文言かの違いはありますが、問題となる行為や構築されるシステムを全体として見て、実質的に我が国の領域内における「電気通信回線を通じた提供」「譲渡等」「生産」に当たると評価されるかを判断するという点では、共通しているといえます。
これは、属地主義を形式的に厳格に解釈するのではなく、実質的に考えていく点で妥当なものと思われます。
令和7年3月3日最高裁判決(令和5年(受)第14号、第15号 特許権侵害差止等請求事件)は、「これらのことからすると、本件配信は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程として行われ、我が国所在の端末において、本件各プログラム発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によりされるものである本件配信が、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人らは、本件配信によって、実質的に我が国の領域内において、本件各プログラムの電気通信回線を通じた提供をしていると評価するのが相当である。」としています。
このように、発明の効果が奏されることとの関係において、サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないことを考慮しており、ネットワーク関連発明においては、サーバの所在地が特段の意味を持たない場合があることを的確に指摘しています。また、特許権者との関係で、経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがえないことを指摘しています。
また、令和7年3月3日最高裁判決(令和5年(受)第2028号 特許権侵害差止等請求事件)も、「これらのことからすると、本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人は、本件配信及びその結果としての本件システムの構築によって、実質的に我が国の領域内において、本件システムを生産していると評価するのが相当である。」としています。
上記のように、発明の効果が奏されることとの関係において、サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないことを考慮しており、ネットワーク関連発明においては、サーバの所在地が特段の意味を持たない場合があることを的確に指摘しています。また、特許権者との関係で、経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがえないことを指摘しています。
このように、上記2件の最高裁判決は、実質的に我が国の領域内と評価できるかについての考慮事項も示しています。最高裁判決は、属地主義を形式的に厳格に解釈するのではなく、実質的に考えていく点で妥当なものと思われます。
II.ネットワーク関連発明の法制度
(1)産業構造審議会知的財産分科会の特許制度小委員会での検討状況
ネットワーク関連発明の法制度については、現在、産業構造審議会知的財産分科会の特許制度小委員会で検討がなされています。
たとえば、「特許制度に関する検討課題について」産業構造審議会知的財産分科会第52回特許制度小委員会(令和7年3月5日)が公表されています。
(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/document/52-shiryou/01.pdf)
同資料12頁には、実質的に国内の実施行為と認める要件については、発明の「技術的効果」と「経済的効果」が共に国内で発現していることの要件を採用すること、「発明の実施行為の『一部』が国内」の要件については、要否・内容を検討することが述べられています。
(2)「発明の実施行為の『一部』が国内」の要件と最高裁判決
まだ審議会での検討の段階ですが、発明の技術的効果と経済的効果を考慮する点は、発明の効果と特許権者への経済的な影響を考慮する最高裁判決と、おおむね類似する方向性で検討がなされていると思われます。
これに対し、「発明の実施行為の『一部』が国内」については、最高裁判決と類似の方向性といえるかは議論があると思われます。
令和7年3月3日最高裁判決(令和5年(受)第14号、第15号 特許権侵害差止等請求事件)は、「電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、プログラム等が、電気通信回線を通じて我が国の領域外から送信されることにより、我が国の領域内に提供されている場合に、我が国の領域外からの送信であることの一事をもって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、上記の提供が「電気通信回線を通じた提供」(特許法2条3項1号)に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における「電気通信回線を通じた提供」に当たると評価されるときは、当該行為に我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。そして、この理は、特許法101条1号にいう「譲渡等」に関しても異なるところはないと解される。」としています。
そうすると、「発明の実施行為の『一部』が国内」であるかないかではなく、問題となる行為を全体としてみて、実質的に我が国の領域内における「電気通信回線を通じた提供」に当たると評価されるときは、保護をするとの考え方のようにも読めます。
このように、「発明の実施行為の『一部』が国内」との要件については、要否・内容の検討において、難しい問題があると思われます。
ネットワーク関連発明については、今後の審議会での議論が注目されます。
Ⅲ.世界特許への接近を目指すこと
控訴審の判決の速報へのコメントで述べましたが、属地主義を緩やかに捉えていくことに加え、さらに進んで、世界特許の実現に近づいていくことが、将来的には必要となると考えられます。
まず、特許制度が国ごとに分かれているのと、世界特許の制度が実現した場合とでは、いずれが好ましいかを考えます。
特許制度の利用者の視点からすれば、基本的に、1つの出願をすれば、世界のどの国でも特許が取得できる方が望ましいでしょう。特に、個人や中小・ベンチャー企業などは、世界各国に出願して特許を取得するのは、費用の点で難しい場合があるからです。
各国の特許事務所の視点からは、特許制度が国ごとに分かれている方がよいかもしれません。しかし、企業等は、多くの国の代理人に出願代理費用を支払わなければなりません。
特許制度の利用者の視点や、イノベーションの促進の観点からは、本来は世界特許が実現した方がよいことがわかるでしょう。
そうすると、属地主義というのは、現実としてありますが、将来的には世界特許を実現して、乗り越えていかなければならない方向性のものと思われます。
世界特許が実現しない場合、国際的な出願費用を用意できない個人・中小・ベンチャー企業等が、イノベーションの保護において相対的に不利となるという問題があります。たとえば、日本では、技術系のベンチャー企業等の育成が相対的に難しくなる傾向について考察しています。
日本は、人口減少により市場規模が縮小しており、世界特許を実現する方向性で考えていくことが重要となるでしょう。
しかし、いきなり世界特許の実現といっても、理想論であるとの考え方も強いと思われます。そこで、段階的な実現が必要となるでしょう。まずは、EU特許のように、広域の特許制度を目指すことが考えられます。
たとえば、TPPの参加国で、広域の特許制度を目指すことが考えられます。TPPの加盟国のいずれかで特許が成立した場合、他の国も自国の特許を認めるようにする相互承認の仕組みなどが考えられるでしょう。TPPの加盟国に基づく広域特許の制度を「TPP特許」の制度と呼ぶことにします。同様に、RCEPの加盟国による「RCEP特許」の制度も考えることができるでしょう。
また、特許審査ハイウェイ(PPH)の取り組みを進め、さらには、二国間でも特許の相互承認(特許FTA)を進めていくことが考えられるでしょう。
このように、世界特許の実現に近づくために、まずは広域の特許制度を目指していくことが重要となるでしょう。
また、環境の方面からのアプローチとして、環境世界特許(Environmental World Patent)の制度を作り、環境の分野から世界特許を目指すアプローチも考えられます。「環境世界特許」は、気候変動の問題は地球全体の問題であることに着目し、まずは環境の分野から、世界特許を実現し、それを他の分野にも広げていくアプローチです。「環境世界特許」が実現すれば、気候変動の問題の解決に大きく貢献することができるでしょう。
このように、広い視野から問題を捉え、ネットワーク関連発明や環境の分野などから、世界特許への接近をしていくことも重要となりうるでしょう。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
不正競争防止法 著作権法 企業法務 国際法務 知財一般 特許 意匠
特許分野の他の法律情報
お電話でのお問合せ
03-3270-6641(代表)