AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)について
地域:日本
業務分野:知財一般
カテゴリー:法令、その他
昨年12月26日に、AI戦略会議・AI制度研究会が合同開催され、AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)が公表され、意見募集がなされている(「AI戦略会議・AI制度研究会中間とりまとめ(案)に関する御意見の募集について」(e-Govパブリックコメント)(当該ページのURL) (本年1月10日に利用))。
AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)では、AI制度の検討がなされており、イノベーション促進とリスク対応の両立が企図されている。 AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)は、EU AI法のような包括的なハードローの制定は提案していない。日本は、EU AI法のような包括的なハードローの制定はしないという現在の方向性が明らかになっている。この点で、AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)は、イノベーションの促進の観点からは歓迎されるものと思われる。 しかし、AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)は、残念ながら、生成AIと著作権の問題の抜本的な解決を提案していない。生成AIと著作権の問題の抜本的な解決は、極めて重要な問題であるため、追加の対応が望ましいと思われる。 たしかに、生成AIと著作権の問題については、文化審議会著作権分科会法制度小委員会において、令和6年3月15日付で、「AI と著作権に関する考え方について」が公開されている。 この「AI と著作権に関する考え方について」は、著作権者、AI開発者等から多数寄せられた意見に最大限配慮して、苦労してまとめられた大変な労作であると思われる。 しかし、このような利益調整という法律学の伝統的な手法では、著作権者側も、開発者側も、サービス提供者側も、利用者側も不満足な結果となりうる。法律的な利益調整をする限り、全員が100%満足する解決にはならない。また、「AI と著作権に関する考え方について」には法的拘束力がなく、今後の裁判実務は不透明である。 しかし、技術的な解決と法律的な解決を組み合わせれば、著作権者側も、開発者側も、サービス提供者側も、利用者側も、100%満足できる解決が可能となる。 高度なAIの時代においては、技術的な解決と法律的な解決を組み合わせて、著作権者側、開発者側、サービス提供者側、利用者側のすべてが、100%満足できる解決が必要であろう。 まず、著作権者側は、自己の作品を生成AIに学習させるか学習させないかを選択できることが重要と思われる。これは、生成AIの学習にインターネットをクロールしたデータ等が使われているので、現在はかなえられていない。筆者は、論文、記事、電子書籍、ウェッブサイト、YouTube動画、作曲、ゲーム等、多くの作品を創作しているクリエイターでもある。1人のクリエイターとしての個人的な立場からは、大部分の作品はAIに学習させたいが、一部の作品はAIに学習させたくない。しかし、現在はインターネット上に公開しているものについて、そのような選択をすることは難しい(たとえばrobots.txtや透かし等での対応は困難である)。 一方、生成AIの開発者側・サービス提供者側は、自己の製品やサービスが著作権侵害にならないことが保障されることが重要と思われる。これも、現在はかなえられていない。インターネットをクロールしたデータ等を使わず、著作権的にクリーンな学習データだけで生成AIを作ることが考えられるが、学習データの量の確保が問題となりうる。 さらに、利用者側は、生成AIの出力を使っても著作権侵害にならないことが保障されることが重要と思われる。現在は、生成AIの学習データに何が用いられているかわからないため、利用の際に著作権等の問題を検討しなければならず、利用の萎縮効果がある。著作権的にクリーンなデータを社会で集積し、そのようなデータだけを学習に用いた生成AIを認証し、認証した生成AIの出力の使用については、法制度により免責されると安心であろう。 上記を検討すると、著作権的にクリーンなデータだけで生成AIを作るようにし、そのような生成AIを使用した場合、著作権上問題のあるデータが万が一混入していても、免責される(保険等でカバーされる)法制度を作ればよいことがわかる。 このように、高度なAIの時代には、著作権的にクリーンなデータを大量に集める必要がある。このための制度がデータインカム(DI)の制度である。 生成AIと著作権の問題の抜本的な解決には、著作権、著作者人格権、肖像権、個人情報等、各種の法律的な観点からクリーンなデータを大量に収集する制度を作り、著作権等の問題のある出力をしない生成AIを作ることが考えられる(スーパークリーンアーキテクチャ)。そうすることで、著作権等の問題を気にしないで、生成AIの出力をそのまま使えるようになれば、日本の生産性が大きく向上する。 そのためには、著作権等の問題を審査したAI学習用データの集積が必要であり、データインカム(DI)の制度の導入が必要となる。 このような法制度があるA国とないB国では、高度なAIの時代には生産性に大差がつくと思われる。 たとえば、A国では、生成AIの利用が萎縮なく行われ、生産性が飛躍的に上がる。B国では、生成AIの利用に対して萎縮効果があり、生成AIが十分に利用できない。この差は、生成AIの能力が人間の能力を超えるにつれて大きくなり、生産性が1.2倍、1.5倍、2倍、5倍、10倍などと異なってくるであろう。今後はAIエージェントの性能が上がり、生成AIの出力を人間のチェックなしに使えると、生産性は大きく向上しうる。 このように今後の高度なAI社会のためには、データが重要である。 AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)も、データの重要性はもちろん認識している。たとえば、AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)1頁11~12行目には、「研究開発支援、人材育成、データや計算資源の整備などイノベーションの促進」との記載がある。 AIの性能は、①モデル、②計算資源、③データ、④社会的要因(法制度を含む)等に影響される。日本は、AIへの対応が遅れており、①~④のすべての対策が必要であるが、法制度の観点からは、特に③④の改善を図ることが重要になる。律速(ボトルネック)になる部分が改善されれば、他の部分の改善が不十分でも、全体の改善は速くなる。 筆者は、2017年に現在の状況(汎用人工知能(AGI)の実現の際に「③データ」がボトルネックになる)を予測して、データインカムの制度を知的財産コミュニティとAIの研究コミュニティの双方に提案した(岡本義則: 人工知能(AI)の学習用データに関する知的財産の保護, パテント, Vol.70, No.10, pp.91-96 (2017)、岡本義則「知的財産と汎用人工知能」,第8回汎用人工知能研究会, No. SIG-AGI-008-09. JSAI (2018))。また、汎用人工知能の「④社会的ボトルネック」の理論をAIの研究コミュニティで発表した(岡本義則「汎用人工知能と知的財産」,第23回汎用人工知能研究会, No. SIG-AGI-023-02. JSAI (2023))。 仮に2018年にデータインカム(DI)の制度が導入されていれば、現在の日本は、③データだけは世界一となり、①モデル、②計算資源の問題はあるが、汎用人工知能(AGI)の開発で世界に遅れる現状よりは、状況はよくなっていたであろう。 データインカムの制度は、たしかに運営コストがかかる。しかし、データの価値は汎用人工知能(AGI)の実現に近づくにつれて大きくなるので、2018年からデータを地道に蓄積していれば、現在までの7年間に大きなデータを蓄積することができ、汎用人工知能(AGI)の実現と共に、収支は大幅なプラスとなっていたと思われる。日本は、不正競争防止法における限定提供データの制度、著作権法第30条の4の制度など世界初の制度を導入しており、世界に前例のない制度の導入はできる国である。 データインカム(DI)の制度は、③データの問題はもちろん、社会規範のデータの収集等にも利用でき、④社会的要因(法制度を含む)の問題にも役立つ。③の問題は、現在AI研究の1つのトレンドとなっている合成データ(synthetic data)の利用により部分的に解決されうるが、合成データでは④の問題は解決できない。今後は、④が律速(ボトルネック)になる可能性が高いと思われる。 たとえば、AIを適法に動作させるための社会規範のデータの収集が社会的ボトルネックとなると思われる。 AIが人間の社会規範を理解して動作するためには、社会においてAI学習用データの集積をする必要がある(岡本義則「法律学としてのAIアライメント」, Jxiv, DOI: https://doi.org/10.51094/jxiv.706 (2024))。 AIが社会規範を学習して違法行為を防止できなければ、AIによる違法行為が生じてしまう。AIの違法行為の問題は、現在でも生成AIと著作権、フェークニュース等の問題で既に顕在化している問題である。 AIの性能は急速に向上しており、汎用人工知能(AGI)の定義にもよるが、既に内部的にはAGIができているという説もあるのが現在の状況である。しかし、AIによる違法行為は防止できていない。AIによる違法行為を防止するためには、社会規範のデータが必要である。社会規範のデータについては、民主主義の観点から、民主的な収集制度が必要になる(民主的AIアライメント)。 今後は、社会規範のデータ収集の観点からも、データインカム(DI)の制度の導入が重要となる(岡本義則、山川宏「公的データインカム(DI)による社会規範のデータ収集 — 民主的なAIアライメントに向けて —」,第27回汎用人工知能研究会, No. SIG-AGI-027-04. JSAI (2024))。 現在、企業等における生成AIの活用が重要となっている。しかし、著作権、個人情報等の問題があり、生成AIの活用の障害となっている。2025年も、生成AIの性能が大きく向上することが予想されており、生成AIと著作権等の問題への対応は、企業の生産性の向上において、非常に重要となると思われる。 AI戦略会議・AI制度研究会の中間とりまとめ(案)には、生成AIと著作権の問題の抜本的な解決を期待したい。AI戦略会議・AI制度研究会の検討結果に基づいて、AIの法制度が制定されることが予想される。今後のAIに関する法制度が注目される。 |
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
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