生成AIによる先回り大量生成問題(意匠と特許の比較)
地域:日本
業務分野:知財一般、特許、意匠
カテゴリー:法令、その他
1. 生成AIによる先回り大量生成問題とは
本年12月6日の産業構造審議会知的財産分科会第16回意匠制度小委員会において、意匠制度に関する検討課題についての検討がなされている(特許庁 産業構造審議会知的財産分科会 第16回意匠制度小委員会「意匠制度に関する検討課題について」32頁~44頁)。 ここでは、デザインの創作者が、モデルチェンジとして新デザインを創作し、意匠出願をする場合に、第三者が生成AIを利用して当該デザインに似たデザインを先に大量に生成して公開すると、デザインの創作者は、意匠登録を受けられないのではないかが問題となっている。 もしそうであると、モデルチェンジをしないで、意匠権で守られた従来のデザインを使い続けることになりうる。そうすると、製品のデザインがあまり変わらなくなり、製品の売上げにも響いてくることが考えられる。また、モデルチェンジがなされない味気ない社会になってしまうかもしれない。 しかし、この問題は、意匠に特有なものであるか疑問がある。現在の生成AIの性能により先に意匠が問題になったが、生成AIの性能向上により特許でも同様の問題が生じると思われる。ただし、意匠の場合、関連意匠の制度があり、違う点もありうる。 そこで、生成AIによる先回り大量生成の問題について、意匠と特許を比較して考えてみる。この問題は、難しい問題で、審議会でも議論が続いている問題であり、現時点での暫定的な考察である。まず、裁判例のある特許の場合から考える。 2.生成AIによる先回り大量生成問題(特許の場合) まず、生成AIが生み出したAI発明が、特許法上の「発明」に当たるのかが問題となる。たとえば、特許法第29条の「発明」にAI発明が含まれるかが問題となる。 (特許の要件) 上記の「前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」において、先行技術となる「発明」と、特許を受ける「発明」は、同じ「発明」との文言が使われており、同様に解釈するのが自然なように思われる。 立場としては、 まだ地裁判決の段階であるが、令和6年5月16日東京地裁判決(令和5年(行ウ)第5001号 出願却下処分取消請求事件)は、知的財産基本法について言及し、「知的財産基本法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である」としているので、1の立場を取っているようにも思われる。もっとも、特許法第2条1項は、「第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」としており、2の立場もありうるように思われる。発明は技術的思想の創作であり、人間がしたか、AIがしたかに色がついているわけではないからである。また、3の立場も、立法論としては有力と思われる。 1の立場の場合、AI発明は、特許法第29条の先行技術としての「発明」にも当たらず、生成AIによる先回り大量生成問題は生じないとも思われる。しかし、生成AIにより大量生成された発明を人間が見て同様の発明をした場合はどうなるのかなど、不明確な点が多い。先行技術がAI発明であるか否かは実際には判断が困難となり、生成AIによる先回り大量生成問題が生ずるであろう。2の立場の場合、AI発明は、特許法第29条の先行技術としての「発明」に当たり、生成AIによる先回り大量生成問題が生ずる。 裁判例は、地裁判決の段階であるので、今後の裁判例の蓄積が注目される。また、この問題は、上記地裁判決が判示しているように、立法により明確にすることが望ましいと思われる。 3.生成AIによる先回り大量生成問題(意匠の場合) 意匠の場合も、以下のような記載となっており、特許と同様の問題を生じうる。 (意匠登録の要件) 意匠の場合も、特許と同様に、AIが創作した意匠(AI意匠)も、意匠法の「意匠」に含まれると解釈するかどうか論点が生ずる。 立場としては、 特許の場合と同様、不明確な点が残るが、生成AIによる先回り大量生成問題が生じうる。 意匠について、生成AIによる先回り大量生成問題が生ずる場合、どのような対策をすべきであろうか。これは難しい問題であり、多面的に審議が必要と思われる。 4.特許と意匠とで本質的に相違はあるのか? 特許は意匠より権利範囲が広い場合が多く、また、意匠には関連意匠の制度がある点に差異を求めることができるであろうか? たしかに、現在の生成AIの能力の場合、 生成AIによる先回り大量生成は、意匠の場合の方が容易なことが多いであろう。この点で、現在は意匠について、生成AIによる先回り大量生成が問題となっているのは理解できる。 しかし、生成AIの能力が上がっていった場合、特許についても同様の問題は生ずると思われる。 現在でも、基本発明を出願して公開されたが、周辺発明・改良発明を抑えなかった場合、その部分を他社に取られてしまったり、公知になったりして、基本発明の特許が事実上無力化されることはある。 デザインの探索空間と、技術思想の探索空間の広さが違うように思えるのは単なる人間の感覚にすぎず、将来のAIの驚異的な能力を過小評価することはできないであろう。パテントマップ等を作成して、権利が取得されていない部分を探すことは現在でも行われている。将来のAIは、それを何万倍以上の効率で行なえるようになると思われる。 そうすると、基本発明が公開されたら最後、生成AIを用いる第三者により、周辺発明・改良発明はことごとく抑えられるか公知にされてしまうのは、将来のAIの発展からすると時間の問題のように思われる。 そうすると、生成AIによる先回り大量生成の問題は、現在は意匠で問題になっているが、意匠特有の問題ではなく、特許でも同様の問題となることが考えられる。 そして、これは人工知能(AI)の時代の特許の出願戦略にも影響してくる。特許において生成AIの先回り大量生成問題が解決されない場合、基本発明を出願したら、公開される前に、AIの支援を受けた人間が発明をして、周辺発明・改良発明をできる限り抑えるよう大量の出願をしなければ、特許ポートフォリオを守れないことになりかねない。 現在でも、中小・ベンチャー企業が基本特許を取っても、資金力の限界から周辺特許・改良特許を十分に取得できず、他の企業に特許ポートフォリオを侵食されてしまうなど、資金力が十分にない企業が特許制度を十分に利用できない場合がある。特許出願の多くが大企業により行なわれている状況は、米国とは異なっているが制度を改善するという話にはならず、日本のイノベーション力に大きな暗い影を落としている。 しかし、生成AIの先回り大量生成問題により、大企業ですらも、大量の人員と巨額の特許出願費用を用意して、自ら生成AIを用いて先回り取得ができない企業は、他者による生成AIの先回り大量生成により標的にされ、特許ポートフォリオを攻撃されることが考えられる。 このように、生成AIによる先回り大量生成問題は、意匠、特許を問わず問題となり、中小・ベンチャー企業だけではなく大企業も、生成AIによる先回り大量生成問題により、事実上特許制度が利用できなくなるおそれがあるであろう。 このような問題を解決するために、人工知能(AI)の時代の新しい知的財産制度を考えていく必要があると思われる。 5.人工知能(AI)の時代の新しい知的財産制度 生成AIの先回り大量生成問題は、生成AIの能力が向上すると、基本デザインや基本発明が公開されていない場合にも起こりうる。 現在でも、先行研究を検討し、仮説を立て、仮説を検証して、論文まで自動生成するような科学研究のためのAIが実現されている。人工知能の能力は急速に向上しており、1日に何千もの発明を生成し、それを特許明細書に仕上げることができる時代は、近づいてきているのである。 実際に製品やサービスの提供を伴わない場合、多くのデザインや発明は、先回り取得ないし先回り公開が可能になる可能性がある。 一つの考え方としては、現在の実用新案制度を改正して、実際に製品やサービスを提供して付加価値を提供している際に権利が取得できるようにすることが考えられる(平成25年度特許委員会(第1委員会及び第2委員会)第4部会「新たな実用新案制度の創設の提案」パテント,Vol.67,No. 7,pp.31〜38(2014)、岡本義則「新たな実用新案制度における付加価値性の提案に関する考察」パテント,Vol.69,No. 10,pp.65〜71(2016))。 特許制度を利用する場合、特許ポートフォリオを構築するのに大きな資金が必要となる。その資金を用意できない企業や個人にも、自己の提供する製品やサービスに付加価値があれば、新規性・進歩性を問わずに手軽に実用新案制度が利用できるようになると、イノベーションの促進に実用新案制度がもっと貢献できるようになると思われる。 資金力の乏しい企業が特許を取得し、権利行使をしようとした場合に、新規性・進歩性の激烈な争いにさらされることがある。世界中の文献をサーチされ、何件もの異議、無効審判、審決取消訴訟、侵害訴訟における無効主張にさらされ、何年もの裁判が続く。中小・ベンチャー企業は、何年も続く裁判にリソースを割くより、技術開発などもっと前向きなことに興味がある場合も多いであろう。資金力が十分にないと権利行使ができない場合があるのは、現在の特許制度が、新規性・進歩性を基調とするからである。新規性・進歩性に基づかない実用新案制度を作ることが解決策となりうる。 このように、最新AIの状況と将来予測に基づき、新しい知的財産制度を検討していく必要があると思われる(超知能の時代の法制度)。 |
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
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