人工知能(AI)の時代における特許侵害訴訟の観点から見た特許の出願戦略
地域:日本
業務分野:特許
カテゴリー:法令、その他
今後の人工知能(AI)の時代においては、AIを活用して、1人の人間が多数の発明を生み出すことが可能になると思われる。この場合、特許の出願も増加し、特許出願の増加に伴って、特許侵害の事例も増加することが考えられる。
そこで、人工知能(AI)の時代における特許侵害訴訟の観点から見た日本の特許の出願戦略について検討する。
特許侵害訴訟においては、特許権者は、相手方から無効審判や無効主張などの対抗手段を受けることが多い。世界中の特許文献・非特許文献をサーチして無効主張がなされることもありうる。
この場合、特許が無効になることや、予想外に近い文献が見つかることで、権利範囲が狭くなってしまう場合がある。
また、被告となる企業が、特許の調査をして、既存の請求項に抵触しない形で実施をしている場合もある。
特許侵害訴訟を念頭に置いた出願戦略としては、請求項の検討と共に、明細書の記載を充実させて複数の実施例、変更例を記載すること等が行なわれている。
しかし、出願が係属していない状況の場合、被疑侵害者は、請求項を分析して、侵害しない構成になるよう特許を回避しうる。このプロセスは、均等論等も考慮の上、十分な検討の時間をかけて行なうことができる。一方で、先願主義の下、特許の出願人は時間的な制約の中で出願を行なうことが多く、また、出願時にはどのような被疑侵害品が将来出てくるのかはわからない。このように、攻撃側と防御側の均衡が崩れている側面がある。
そこで、特許侵害訴訟を念頭に置いた出願戦略としては、出願を係属させておき、必要に応じて出願の分割を行なうことが1つの戦略として考えられる。当初明細書の記載の範囲内という制限はあるが、被疑侵害品が出現してから、出願を分割して、対象製品を捕捉する必要がある場合もありうる。
特に、AIや情報処理関係の発明については、請求項の構成と異なる構成でも、同じ効果を得られる構成が無数にあり、しかも、構成を変えても性能が落ちない場合が多い。このような場合、出願の係属を終了して、請求項を固めてしまうと、特許を回避されてしまうおそれが大きい。
製薬や機械分野など、物理・化学的な構成がある発明の場合は、構成を変えた場合、性能が全く同じにはならないことが多い。また、既に製造ラインを作っているので容易に構成を変えられないなど、被疑侵害者側に不利な側面もありうる。しかし、AIや情報処理関係の発明については、構成を変えても、同様の性能の構成が無数にある場合があり、また、ソフトウェアの変更により簡単に回避できる場合がある。この意味で、出願の際の明細書作成の段階から、特許侵害訴訟の経験のある専門家を参加させることが有意義となりうる。
また、特許侵害訴訟を提起する場合、複数の特許を用いることが有効となりうる。被告側の非侵害主張、無効主張などで、特許が非侵害・無効になる確率を考えると、理想的には4件以上の特許で訴訟をすることが勝訴率を高める。これは、大企業など、主力となる製品について、多数の特許を取得し、巨大な特許ポートフォリオを形成できる場合には可能である。
しかし、中小企業、ベンチャー企業の場合、従来は、巨大な特許ポートフォリオを構築できない場合が多かった。この点は、中小企業、ベンチャー企業が、国際的に巨大な特許ポートフォリオを構築できるような制度改正が必要となる。たとえば、実用新案法を改正して、実用新案の対象を拡大し、国際特許出願にシームレスに接続できるようにするなどの法改正が必要であろう。
もっとも、中小企業、ベンチャー企業でも、知的財産の保護に熱心な企業で、少なくとも重要な製品については、基礎となる出願から出願の分割を行なって、ある程度の規模の特許ポートフォリオを形成している場合がある。
さらに、今後の人工知能(AI)の時代においては、中小企業、ベンチャー企業であっても、多数のAIを「AI社員」として活用した場合、人間の社員数が少ないことは「AI社員」により補うことができ、AIの支援の下に、少数の人間が多数の発明を生み出し、国際的に巨大な特許ポートフォリオを構築することが容易になる可能性があると思われる。
特許の出願戦略については、出願をして特許を取得することが重視されている。たとえば、特許取得率が高いことが評価基準となり、特許侵害訴訟に強い権利を取得できているかは評価基準になっていない場合もありうる。また、出願時には費用面での制約がある場合が多く、特許の出願の段階から、特許侵害訴訟の経験のある弁護士が関与して特許侵害訴訟の観点からの検討がなされることは少ない。
しかし、特許の出願の段階においても、特許侵害訴訟の観点から弁理士・弁護士が共同して特許出願の戦略を検討することは、有用な場合があると思われる。
今後の人工知能(AI)の時代においては、AIの科学技術研究の能力が向上することが予想される。この場合、大企業はもちろん、中小企業、ベンチャー企業であっても、多数のAIを「AI技術者」として活用することが考えられる。AIのした発明が特許制度で保護されるか否かについては争いがある。しかし、いずれにせよ「AI技術者」の支援の下に、人間が発明を生み出すことは増加していくことが考えられる。
このように、今後の人工知能(AI)の時代においては、新しい考え方に基づいて、特許の出願戦略を考えていくことが必要となると思われる。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
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