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ひよこ立体商標事件

『ユアサハラ企業法務ニュース』第35号所収
ユアサハラ法律特許事務所、2007年6月
青島 恵美

ひよこ立体商標事件

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1.は じ め に
平成 9 年 4 月 1 日から施行された商標法の一部改正 により、立体的な商標についての登録を認める立体商 標制度が導入された。
これにより、これまで、不二家のペコちゃん人形(登録第 4157614 号:商品「菓子」等)やケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダース人形(登 録第 4153602 号:役務「飲食物の提供」)等の立体商標が登録されてきた。
現在、立体商標についての登録のほとんどが、上記 のペコちゃん人形やカーネル・サンダース人形のよう に店頭看板についての登録であり、商品自体の形状や商品の包装の形状に関する立体商標については、その殆どが、単に商品の形状又は商品の包装の形状を表す にすぎず、自他商品・役務の識別力がない、すなわち、 商標法3条1項3号に該当するとして、拒絶されている。
商品の形状又は商品の包装の形状に関する立体商標 の識別力の判断については、産業政策上の理由から厳 格に運用されているため、上記のような拒絶理由を受 けた場合に、出願された立体商標が生来的に識別力を 有するとの主張が認められる可能性は低いと言ってよいであろう。
したがって、このような拒絶理由を受けた出願人は、 出願された立体商標が生来的に識別力を有しない形状 であることを認めた上で、当該立体商標がわが国において永年にわたり独占的に継続使用された結果、使用 による識別力を獲得しており、商標法 3 条 2 項(使用 による識別力獲得)の適用を受けて登録されるべきものである旨の主張をする場合が多い。
しかしながら、同法 3 条 2 項は、あくまで例外規定 であるため、厳格に運用されており、その適用が認められない傾向にある。
以下に述べる「ひよこ」の形状からなる立体商標は、 指定商品「菓子及びパン」(但し、後述する拒絶査定不服審判係属中に第 30 類「まんじゅう」に補正された) の形状にすぎないとして同法 3 条 1 項 3 号に該当する との拒絶理由を受けたものの、拒絶査定不服審判(平 成 11 年審判第 15134 号、以下「本件立体商標登録審決」という)において、同法 3 条 2 項の適用を受けるもの と認められ登録された数少ない事案の一つであったため、その後の動向が注目されていた。

2.事案の概要
(知的財産高等裁判所平成18 年11 月29 日判決
平成17 年(行ケ)第10673号 審決取消請求事件)
本件訴訟は、被告である「株式会社ひよ子」(以下「被 告」というの所有に係る以下の立体商標についての商標登録(登録第 4704439 号)に対し、原告である「有限会社二鶴堂」(以下「原告」という)が無効審判請求をしたところ(無効2004 − 89076号)、特許庁が請求不成立の審決をしたことから、原告がその取消しを求めたものである。
尚、被告は上記商標登録に基づいて、原告に対し商標権侵害差止等請求訴訟を提起しており(福岡地方裁 判所平成16年(ワ)第1009 号)、本件訴訟は、原告の提起した当該訴訟に対する対抗手段として請求されたものと思われる。

【被告の所有に係る商標登録(以下、「本件立体商標」という。)】
登録番号:登録第 4704439 号
登 録 日:平成 15 年(2003 年)8 月 29 日
出願番号:商願平 9-102128
出 願 日:平成 9 年(1997 年)4 月 1 日
商 品:国際分類第 30 類「まんじゅう」
商 標:図− 1 の立体商標
hiyoko(aoshima 2)

3.無効審判における判断
原告は、無効審判において、本件立体商標は、指定商品に採用し得る一形状を表したものと認識される立体的形状よりなるものであるから、これをその指定商品について使用しても、単に商品の形状そのものを普通に用いられる方法をもって表示するにすぎないものであり、商標法 3 条 1 項 3 号に該当し、同法 3 条 2 項 に該当するには至っていない、と主張した。
これに対し、当該審判においては、同法3 条1 項3 号に該当するとの原告の主張は妥当であるとしたものの、本件立体商標は、被告による永年使用の結果、本件立体商標登録審決時(平成 15 年(2003 年)8 月 29 日。 以下同様)には、取引者及び需要者の間で被告の業務に係る商品であると認識されるに至ったものであるか ら、同法 3 条 2 項により商標登録を受けることができる、と判断した。

4.知的財産財産高等裁判所(知財高裁) における判断
上記審決に対し、原告は、
①原告が昭和35 年から製造開始し販売している菓子「二鶴の親子」も含め、本件立体商標と同様の 形状を有する鳥の菓子が、全国各地に多数存在すること、江戸時代から和菓子「鶉餅」が存在するように、鳥の形状の菓子は古くから存在する伝統的なものであって、独創的なものではないこと、等の事実によれば、全国の需要者が、商品の形状を見ただけで本件立体商標に係る菓子の出所を識別することは不可能である、
②本件立体商標にかかる立体的形状自体、文字商標 「ひよこ」から独立して自他商品識別力を獲得していない、
③仮に被告自身の使用により本件立体商標がある程度周知になったとしても、その周知となった地域は九州北部と関東地方に集中しており、全国的に周知となるには至っていない、
等の理由から、上記審決が、本件立体商標は商標法3 条2 項により登録が許されると判断したことは誤りであり、違法として取り消されるべきであると主張した。
これに対し、裁判所は、本件立体商標が同法3 条 2 項の要件を満たすか否か判断する際の留意点として、
①『法 3 条 2 項は、法3 条1 項3 号等のように本来 は自他商品の識別性を有しない商標であっても、 特定の商品形態が長期間継続的かつ独占的に使用され、宣伝もされてきたような場合には、結果としてその商品形態が商品の出所表示機能を有し周知性を獲得することになるので、いわゆる特別顕 著性を取得したものとして、例外的にその登録を認めようとしたものと解される。そして、この理 は、平成 9 年 4 月 1 日から施行された立体商標に ついてもそのまま当てはまると解される』こと、
②『法 3 条 2 項の要件の有無はあくまでも別紙「立体商標を表示した書面」による立体的形状(筆者 注−本件立体商標の立体的形状)について独立して判断すべきであって、付随して使用された文字商標・称呼等は捨象して判断すべきであること』、
③『商標法は日本全国一律に適用されるものであるから、本件立体商標が前記特別顕著性を獲得したか否かは日本全体を基準として判断すべきであること』、
を述べた上で、以下の㋐〜㋒を考慮すると、大正元年から販売されてきたと認められる被告の菓子「ひよ子」の売上高の大きさ、広告宣伝等の頻繁さをもってしても、(被告の文字商標「ひよ子」は九州地方や関東地方を含む地域の需要者には広く知られていると認める ことはできるものの、)本件立体商標自体については、いまだ全国的な周知性を獲得するまでには至っていな いと判断した。
㋐被告の直営店舗の多くは九州北部、関東地方等に所在し、必ずしも日本全国にあまねく店舗が存在するものではない。
㋑被告の菓子「ひよ子」の包装紙、包装箱、広告宣伝等には常に「ひよ子」との文字が記載等されており、このような被告の菓子「ひよ子」の販売形態や広告宣伝状況は、需要者が文字商標「ひよ 子」に注目するような形態で行われているものである。
㋒本件立体商標に係る鳥の形状と極めて類似した菓 子が日本全国に多数存在し(原告も本件立体商標と極めて類似した菓子「二鶴の親子」を昭和35 年頃から製造販売している。)、その形状は和菓子としてありふれたものである。
したがって、裁判所は、本件立体商標が使用された結果、本件立体商標登録審決時において、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができたと認めることはできず、本件立体商標は、いわゆる「自他商品識別力」(特別顕著性)の獲得がなされていないものとして、商標法 3 条 2 項の要件を満たさないと結論づけ、本件立体商標に係る登録を無効にすべきであるとの原告の請求を認容した。

5.ま と め
知財高裁が上記判断の「被告の主張に対する補足的説明」の中で述べているように、上記判断は、あくまで、『同種の形状の菓子が多数存在することのみで本件立体商標が自他商品識別力を欠くとしたものではなく、同種の形状の菓子の数、全国への分布度、その販売期間、販売規模等をも考慮して検討したものであり、また、鳥の形状を有する和菓子が伝統的に存在することにも照らし、鳥の形状が菓子として特徴的なものとはいえないこと、被告の菓子「ひよ子」の販売、広告宣伝において、菓子「ひよ子」の形状が単独で用いられているといえるものは見当たらないことをも考慮した上で、かかる状況においては、本件立体商標については全国的な周知性を獲得するに至っていない』としたものである。
知財高裁が、本件立体商標が同法3 条 2 項の要件を満たすか否か判断する際の留意点として挙げた上記の ①〜③自体については、従来からの審査実務の例に従ったものであり、従来に比して、特に厳しいものとはいえないと思われる。
しかしながら、知財高裁の上記判断は、商品の形状に関する立体商標について同法3 条 2 項の適用を受けることが非常に困難であることを我々に再認識させる結果となった。
すなわち、知財高裁は、本件立体商標について全国的な周知性を否定する理由の一つとして、『菓子「ひよ子」の販売形態や広告宣伝状況は、需要者が文字商標「ひよ子」に注目するような形態で行われている』 点を挙げており、その具体例として、
・商品自体に文字「ひよ子」は刻印・刻字等されていないが、実際の販売態様としては、一つ一つの菓子を文字商標「ひよ子」と記載された包装紙で包装して販売しており、展示品も、1 セットを構成する多数の菓子のうちの 1、2 個の菓子のみが包装をとった状態になっているに過ぎない点、
・広告宣伝のすべてにおいて、菓子「ひよ子」の立体形状に接着して文字商標「ひよ子」が存在し、又は「ひよ子」との音声(テレビ CM の場合)が挿入されている点、
等をあげている。また、知財高裁は、さらに、『文字商標「ひよ子」が著名商標であったとしても、このことは、需要者を当該文字商標の方に注目させることになるものであり、文字が本来的に識別標識としての機能を営むことに鑑みれば、識別標識としての機能が二次的なものである立体形状について需要者が注目する度合いは極めて低いものとならざるを得ないこととなる。商号と文字商標がともに「ひよ子」として同一である被告が、文字商標「ひよ子」を使用せざるを得ない事情にあることは理解できるものの、これを考慮に入れて検討したとしてもなお、文字商標「ひよ子」とともに商品形状を使用するという形態である限りは、 膨大な使用実績を重ねても、本来的に識別標識としての機能を営まない立体形状はその識別力が低いものに止まるとみることは不合理とはいえない。』とも述べている。
企業が、商品名としての文字や音声を全く使用することなく、商品自体のみを示して商品を販売し、広告宣伝するということは考えにくいため、このような厳しい条件を満たす商品の形状は世の中に存在しないのではないかと考えざるを得ない。今後の立体商標につ いての動向が注目されるところである。

参考までに、今までに、以下のような商品自体の形状についての立体商標の登録が認められている。
登録番号:登録第 4639603 号
指定商品:コンクリートブロック
商 標:図− 2 の立体商標
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登録番号:登録第 4925446 号※ 1
指定商品:「調味料または香辛料用挽き器(電気式のものを除く)」)
商 標:図− 3の立体商標
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なお、本件訴訟は、平成15 年の「特許法等の一部改正」により新設された「求意見制度」(商標法63 条2 項により準用する特許法180 条の2)に基づき、知財高裁が、特許庁長官に意見書の提出を求めた初めてのケースであり、その点でも注目された。

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執筆者

商標意匠部アソシエイト 弁理士

青島 恵美 あおしま えみ

[業務分野]

意匠 商標

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