人工知能戦略本部の第1回会合と人工知能基本計画骨子(たたき台)の公表
地域:日本
業務分野:知財一般
カテゴリー:法令
人工知能戦略本部の第1回の会合が開かれ、⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)が公表されている。
出典:内閣府ウェブサイト
URL:https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_hq/1kai/shiryo2_2.pdf
会合のURL:https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_hq/1kai/1kai.html
人工知能基本計画(AI基本計画)は、知的財産の観点からも、人工知能と知的財産の問題に関係しており、国の基本計画を策定している知的財産基本計画と共に、その動向を押さえておくことが有用と思われる。
以下、⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)の記載の一部について、特に知的財産の観点から暫定的に検討する。
1.⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)3頁11行目~22行目について
⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)3頁11行目~22行目:
(AIイノベーション)
・ 今年に⼊り、⾃律的に業務を実⾏できる 「AIエージェント」、現実世界でロボット等を動かす「フィジカルAI」といったイノベーションが進展。
・ AIは、効率化・⽣産性向上による適時的確な業務の実施に留まらず、新たな発展につながる新事業・新市場創造、社会課題解決、包摂的成⻑を可能に。「⼈⼝減少」、「国内への投資不⾜」、「賃⾦停滞」といった⽇本の経済社会の⻑年の課題を解決。
・ AIは、⽣活の質の向上ももたらし、健康・医療、防災を含む安全・安⼼な国⺠⽣活を実現。
・ AIは、安全保障の⾼度化や平和の構築にも貢献。
・ AIイノベーションを積極的に進めることで、⽇本社会の持つ潜在⼒を存分に発揮。
・⽇本の多くの⼈材や産業の⾼付加価値化を進め、デジタル⾚字抑⽌の観点からも、内外⼀体で取組を進め、世界に展開。
上記記載へのコメント:
上記の記載には、AIイノベーションの重要性が説明されており、知的財産の観点からも重要と思われる。
AIイノベーションについては、AIエージェントやフィジカルAIなど、AIの活用による業務の効率化などの視点のほか、AIを用いた科学技術研究と発明の推進が重要となると思われる。
この点、AIを用いた発明の問題については、知的財産戦略2025でも検討されている。また、AI発明についての議論が、産業構造審議会知的財産分科会第54回特許制度小委員会でなされている。
AIを用いた科学技術研究と発明の推進により、健康、医療、防災などの国民生活の向上も期待されると思われる。
また、AI活用の安全な推進のためには、著作権、個人情報などの問題のないクリーンなデータの巨大データベースを作ることが重要となると思われる。生成AIを、インターネットをクロールしたデータなど著作権の許諾が取れていないデータで学習した場合、学習自体が著作権法30条の4で適法に行われた場合でも、生成AIの出力が著作権を侵害する可能性がある場合、人間が出力をチェックしないと生成AIの活用ができないという問題がある。法的にクリーンなデータをAIの学習に用いることにより、出力が安全に利用できるAIを実現することが、AI活用の安全な推進に重要となると思われる。出力が法的に安全であることが保証されたAIを認証するAIの認証制度も必要となるであろう。
そのためには、クリーンなAI学習用データの収集が問題となる。データは、産業革命の時代の道路や鉄道などのインフラと同様、AIの時代のインフラと捉えることができる。道路や鉄道の整備と同等以上の規模で、AI学習用データの整備には大きな予算を充てていく必要があると思われる。
2.⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)3頁下から2行目~4頁6行目について
⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)3頁下から2行目~4頁6行目
(リスクへの対応)
・ 他⽅で、AIがもたらすリスクに多くの国⺠が不安を抱いていることも事実。
・ AIをめぐるリスクは、誤判断、ハルシネーション等の技術的リスクのみならず、差別・偏⾒の助⻑、犯罪への利⽤、プライバシー・財産権の侵害、環境負荷の増⼤、偽・誤情報の拡散、さらに、雇⽤・経済不安といった 「⼈との協働」に関する社会的リスクやサイバー攻撃といった安全保障リスクにも拡⼤。
・ AIの技術進歩とともに変動するリスクを適時適切に把握し、AIの透明性・公平性・安全性をはじめとする適正性を確保することで、国⺠の不安払拭を。
上記記載へのコメント:
AIがもたらすリスクへの対応の重要性が説明されている。知的財産権の侵害防止を含めたリスクへの対応が重要と思われる。
AIがもたらすリスクについては、誤判断、ハルシネーション等の問題は大規模言語モデルなどを使う場合には、利用者が自ら出力を確認して気を付けることができる。
しかし、今後AIエージェントなど、AIの自律性が高まっていき、AIの出力を十分にチェックできなくなる場合、AIによる知的財産権の侵害、差別・偏⾒の助⻑、プライバシー・個人情報の侵害などが大きな問題となると思われる。
これは、AIの違法行為の防止の問題と捉えることができる。
AIの違法行為の防止のためには、企業における法務部、知的財産部などがコンプライアンスチェックを行なっているのと同様に、AI自身がコンプライアンスチェックを行えるようにすることが重要となる(コンプライアンスアーキテクチャ)。
AIの自律性が高まると、製品を事前に法務部、知的財産部などのコンプライアンス部門がチェックをしても、AIの自律性により予想外の動作が起こりうる。法務部、知的財産部などのコンプライアンス部門の事前チェックだけではなく、AI自身がコンプライアンスチェックを行うことが重要となる。
生成AIと著作権の問題も、生成AIを開発する会社は、生成AIの出力が著作権侵害にならないようにコンプライアンスチェックを行っているが、生成AIの出力が事前に予測できないために、著作権を侵害する出力を完全には防止できない場合があることの現れと捉えることができる。
この問題を解決するには、著作権的にクリーンな巨大データベースを作るか、生成AI自身が企業の法務部、知的財産部と同様に、コンプライアンスチェックができるように、社会規範のデータ収集を行う必要がある。たとえば、著作権法の類似性の判断ができるように、莫大な量の専門家の判断のデータを集める必要がある。いずれにせよ、大規模なデータの収集が必要となり、データインカムの制度が重要となる。
AIの違法行為については、現在はAIに法人格が認められていないので、製造業者、開発業者、サービス提供業者、利用者など人間の責任が問題となりうる。しかし、AIの自律性が高まっていくと、人間に責任を負わせるのは限界となることが考えられる(AIの自律性と責任の問題)。
AI自身が違法行為を行なわないように、企業の法務部、知的財産部と同様、コンプライアンスチェックができるように、社会規範のデータを収集する制度を、国家戦略として導入することが必要となるであろう。
⼈⼯知能基本計画には、AI政策の最大のカギとなる「AI学習用データの大規模な整備」に関する政策が十分に盛り込まれることが重要と思われる。
「AI学習用データの大規模な整備」の問題は、デジタル庁などにおいても取り組みが期待される。また、データインカムの制度の導入には、省庁横断的な調整が必要となりうるため、人工知能基本計画(AI基本計画)での検討が重要と思われる。
「AI学習用データの大規模な整備」の問題は、AI政策において最も重要な問題と考えられる。AIの性能の向上だけでなく、AIの違法行為を防止し、安全なAIを実現するために不可欠だからである。
3.⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)5頁9行目~14行目について
⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)5頁9行目~14行目
(4つの基本的な⽅針)
1.AI利活⽤の加速的推進(「AIを使う」)
・ ⽇本社会全体で、世界最先端のAI技術を、適切なリスク対応を⾏いながら積極的に利活⽤することで、新たなイノベーションを創出。
・ AIイノベーションの基盤となるデータの集積・利活⽤、特に組織を超えたデータの共有を促進することで、AIの徹底した利活⽤やAIの性能向上を可能とする。
上記記載へのコメント:
上記⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)は、4つの基本的な方針の1つとしてAI利活用の加速的推進を挙げている。AIにはリスクがあるが、リスクがあるから使わないというのではなく、適切なリスク対応を⾏いながら積極的に利活⽤し、イノベーションを創出する方針は重要と思われる。
この方針は、AI法第3条2項が、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進は、人工知能関連技術が、その適正かつ効果的な活用によって行政事務及び民間の事業活動の著しい効率化及び高度化並びに新産業の創出をもたらすものとして経済社会の発展の基盤となる技術であるとともに、安全保障の観点からも重要な技術であることに鑑み、我が国において人工知能関連技術の研究開発を行う能力を保持するとともに、人工知能関連技術に関する産業の国際競争力を向上させることを旨として、行うものとする。」と定めていることにも整合する。
また、2025年6月3日知的財産戦略本部「知的財産推進計画2025~IP トランスフォーメーション~」21頁も、日本企業のAIの利活用率を概ね100%まで高めることをKPIとしている。
出典:首相官邸ホームページ
URL:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku.pdf
また、行政庁についても、2025 年(令和7年)5月27日デジタル社会推進会議幹事会決定「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」が策定され、AIの利活用が推進されている。
出典:「『行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン』を策定しました」(デジタル庁)
URL:https://www.digital.go.jp/news/3579c42d-b11c-4756-b66e-3d3e35175623
このように、⽇本社会全体で、積極的にAIを利活⽤することが、国家戦略となっている状況と思われる。
AIの徹底した利活用には、生成AIと著作権の問題の抜本的な解決が必要となる。また、AIの違法行為を防止するための社会規範のデータ収集の制度が重要となる。
日本では、限定提供データの制度が導入され、組織を超えたデータの共有に役立つ制度がある。しかし、限定提供データの制度だけでは不十分であり、AI学習用データの大規模な民主的な収集には、データインカムの制度の導入が必要であろう。
⼈⼯知能基本計画では、著作権的に安全なデータ収集や、民主的に社会規範のデータ収集ができる制度を作り、生成AIの利用の萎縮効果を防止し、日本全体が安全にAI活用を推進できる環境を整えることが重要と思われる。
4.まとめ
以上、部分的ではあるが、⼈⼯知能基本計画⾻⼦ (たたき台)の記載の一部について、特に知的財産の観点から暫定的なコメントをした。
人工知能基本計画は、知的財産推進計画のように、省庁横断的な問題について、国家戦略を示すことが期待される。
たとえば、AI発明の問題については、知的財産推進計画2025が、特許庁の産業構造審議会知的財産分科会での検討に言及しており、国家戦略の策定と各省庁の検討が連携している。
AIの活用によるイノベーションには、AI発明の検討が重要となる。AI発明の問題は、特許法だけではなく、民法など他の法律の改正も含めた検討が必要となりうる。
AIの時代には、AIの技術の進歩に対応して、日本の法律全体に広く関係する改正を行う必要が出てくるであろう。
その際には、⼈⼯知能基本計画や知的財産基本計画など、国家レベルの戦略策定と、特許庁、文化庁、デジタル庁など各省庁の戦略策定が連携し、日本全体の法制度がAIの時代に適したものになるようにする必要がある。
今後はAIがAIを開発できるようになり、AIの知能が爆発的に向上し、超知能の時代になることが、研究者により予想されている。この場合、従来の法制度の抜本的な再構成が必要になりうる(超知能の時代おける法制度)。
省庁横断的に国家戦略を検討するものとして、⼈⼯知能基本計画は、大きな役割を果たしていくことになると思わる。この点で、既存の法律の常識に捉われない発想が重要となると思われる。
⼈⼯知能基本計画について、今後の動向が注目される。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
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