生成AIと著作権についてのインドの革命的案:「一国一ライセンス一支払」の制度
地域:日本
業務分野:著作権法、知財一般
カテゴリー:法令、その他
生成AIと著作権の問題について、インドから革命的案が出ている。まだ意見募集の段階であるが、生成AIと著作権の問題にとって世界で最も重要な政策的な提案の一つと思われる。
出典:
DEPARTMENT FOR PROMOTION OF INDUSTRTY AND INTERNAL TRADE MINISTRY OF COMMERCE & INDUSTRY GOVERNMENT OF INDIA: Working Paper on Generative AI and Copyright Part 1 ONE NATION ONE LICENSE ONE PAYMENT Balancing AI Innovation and Copyright(December 2025)https://www.dpiit.gov.in/static/uploads/2025/12/ff266bbeed10c48e3479c941484f3525.
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上記のExecutive Summaryの3枚目(上記PDFの9枚目)7~15行目は、以下のように記載する。
In light of all the above, it was decided to adopt a hybrid approach which ensures:
1) Availability of all lawfully accessed copyrighted content for AI Training as a matter of right, without the need for individual negotiations;
2) Reduced transaction costs for AI Developers;
3) Reduced compliance burden on AI Developers;
4) Fair compensation to copyright holders;
5) Judicial review over royalty rates established;
6) Easy and straightforward process of payment to rightsholders;
7) Mitigated risk of AI bias and hallucinations; and
8) Level playing field for all, including start-ups and small players.
このように、アクセス可能な著作物について著作権者に有償で自動的にライセンスさせることで、個別交渉の必要なく、AIの学習に使えるようにする案である。ONE NATION ONE LICENSE ONE PAYMENT(一国一ライセンス一支払)の枠組みにより、生成AIの開発が圧倒的に進むと思われる。
日本の著作権法30条の4でも、著作物のAIの学習は、一定の要件の下で、無償で可能となっている。しかし、著作権法30条の4は、学習の段階に適用されるが、生成・利用段階には適用がないとされている。よって、日本の場合、学習まではできても、生成AIの出力についての著作権侵害のリスクが、裁判実務上明らかになっていない。これは、生成AIの利用に大きな萎縮効果を与えうる。
インドにおいて、著作権者に自動的に有償のライセンスをさせることで、AI学習に使えるだけでなく、仮に生成AIの出力についても著作権的に安全となる制度が実現すれば、インドは著作権的に安全なソブリンAIを作れることになり、政府、公的セクター、民間企業などにおいて、圧倒的に生成AIの導入が進みうる。
また、映画、音楽などのコンテンツも、生成AIにより著作権の懸念なく圧倒的な品質と価格で作れるようになる。汎用人工知能(AGI)の時代には、インドのコンテンツ生成能力が世界を圧倒し、日本のコンテンツ産業は長期的には壊滅するおそれがある。
このように、インドは思い切った革命的な制度の導入を検討できる国である。
それでは、生成AIと著作権の問題の抜本的解決として、インドで検討されている方式は、日本にも好ましいのであろうか?今後のAI技術と著作権者の利益の観点から考察し、あくまで主観的なものであるが、複数の方向性の評価をしてみる。
1.上記のインド方式 評価40点
インド方式は、著作権者の自己の作品をAI学習させたくないという利益が犠牲になる。一部の著作権者の犠牲の下に、圧倒的な国の力を手に入れる方法のように思われる。
今後の汎用人工知能(AGI)の時代には、著作権者の利益を犠牲にすれば、GDPを圧倒的に増やすことができる可能性がある。生成AIと著作権の問題が抜本的に解決しないと、生成AIの出力を人間が確かめないと使えない。しかし、AIエージェントのように自律的なAIが増加する汎用人工知能の時代には、自律AIが著作権に基づく差止請求等にさらされるおそれのある国と、そうでない国とでは、導入・利用の萎縮効果等により、GDPが圧倒的に違ってくるだろう。
しかし、著作権者の利益を犠牲にして、GDPを圧倒的に増加させるのは正しいのであろうか?この方式は革命的なものであるが、すべての者が満足できるものか疑問が残る。
2.Opt-Out方式 20点
生成AIの学習には、著作物は利用できるが、権利者がOpt-Outを請求した場合に学習から外す方式である。
この方式は、汎用人工知能(AGI)の時代にはうまくいかないであろう。Opt-Outをしなくても著作権者は自己の作品を学習に使われるだけで何も支払いが受けられず、自己のコンテンツと似た作品をAGIが作り続けてしまうおそれがある。そうすると、Opt-Outを希望する著作権者が続出してしまう。大量のOpt-Outの請求の手当てが技術的にできるのかも疑わしい。
3.日本の著作権法30条の4の方式 30点
この方式は、生成AIの学習フェイズを促進する点はメリットがある。しかし、生成・出力段階の手当てがない場合、生成AIの出力の著作権的なリスクが不明となり、日本にとって致命的である。また、著作権者は何も得られずに無断学習されてしまう。
開発者側にも著作権者側にもメリットが少なく、汎用人工知能(AGI)の時代には亡国の政策となろう。ただし、生成AIの学習フェイズを著作権的に促進したという意味で、学術の振興など、過去の存在意義はあった。日本が世界に先駆けて導入した社会イノベーションとして素晴らしいが、そろそろ役割を終えつつあるといえる。
4.データインカム(Opt-In)の方式 100点(但し迅速に導入した場合)
この方式は、国民から広くデータを集める方式であり、著作権的にクリーンな超巨大データベースを作成できる。1~3と異なり、著作物でないデータも集めることができる点で圧倒的に優れている。詳細は「データインカム」のリンクをご参照されたい。
汎用人工知能(AGI)の時代には、インターネットをクロールしたデータは枯渇し、合成データは補える分野と補えない分野がある。AIの向上には、著作権的にクリーンな超巨大データベースを作るのが重要となる。また、より重要なのは、AIの性能向上だけではなく、汎用人工知能の時代のAIの安全性の向上のために、「民主的に」国民からデータを集める必要がある。
Opt-In方式なので、著作権者は自己の著作物をAIの学習に利用させない自由があり、著作権者の利益が守られる。それでいて、集められるデータの量は、上記1~3よりはるかに大きくなるので、AI開発者の利益も最も守ることができる。
開発者側にも著作権者側にもメリットが大きい。さらに国民にとっても、データインカムが得られ、メリットが大きい。
5.まとめ
インドの方式は革命的なものであり、導入された場合には広範な日本企業に多大な影響が出ることが予想される。
まだ意見募集の段階であるが、インドと同様の方式は、国の産業競争力を爆発的に増加させるために、導入の動機は大きいと思われる。
その場合、日本でも、産業の崩壊を防ぐために、著作権者の利益を犠牲にして、同様の制度を導入せざるを得なくなるおそれがある。
そうなる前に、誰もが満足するより優れた方式ではあるが、導入に時間のかかるデータインカム(Opt-In)の方式を導入することが急務となると思われる。
執筆者
法律部アソシエイト 弁護士
岡本 義則 おかもと よしのり
[業務分野]
不正競争防止法 著作権法 企業法務 国際法務 知財一般 特許 意匠
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