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国語辞典に掲載されている日本語の生ずる観念について判断した事例(知財高判令和5年3月9日(令和4年(行ケ)第10122号))について

1 事案の概要

(1) 問題の所在

本件は、「朔北カレー」という文字で構成される商標(商願2020-20177)について、商標登録出願拒絶査定への不服審判請求を不成立とした審決(不服2021-16353)に対して提起された審決取消訴訟の事案である。本件では、「朔北」と称呼が同一の「サクホク」という引用商標(商願2015-39856)が存在していた。

そこで、「朔北」が需要者に想起する観念の有無ないしその内容や、分離観察の可否、それらを踏まえた類否判断が問題となった。特に観念の認定については、判決と審決で異なる結論が示されている。

(2) 本件審決の概要

本件審決では「朔北」の語は国語辞典に掲載されているものの、一般に親しまれた語とは言い難いとの理由から、「一種の造語」として需要者は認識すると判断されている。

また「朔北カレー」という語は、「朔北」の部分が、指定商品との関係で普通名称ないし原材料である「カレー」の部分に比べて支配的な印象を有することから、要部として抽出することができると判断され、「朔北」と、引用商標の「サクホク」を比較するものとされた。

類否判断においては、本願商標と引用商標はともに特定の観念を想起しない以上、観念での比較はできないとされた。そして、称呼は共通し、外観は文字の種類や数で相違するものの一般的な書体で表されており、かかる観念に関する判断も存在する中では、取引の実情を考慮しても、本願商標と引用商標は類似すると審決では結論付けられた。

2 争点

上記のような経緯から、主として「朔北」という語が観念を生じると認定することができるかという点が、分離観察の可否とともに争点となった。

3 判旨とコメント

(1) 観念の認定について

「……広辞苑第七版(甲6、乙2)には、「朔北」について、「(「朔」は北の方角)①北。北方。②北方の地。特に、中国の北方にある辺土。」と記載されており、また、「朔」を「北の方角」として用いる熟語として、「朔風」(北風を意味する。)、「朔方」(北、北方、朔北を意味する。)といったものが掲載されている……。

……「朔北」については、著名なゲームシリーズであるファイナルファンタジーシリーズのFF11(ファイナルファンタジーXI)のイベントクエストの名称として「朔北の爪牙」(さくほくのそうが)(甲12、13)、小説の題名として「ヌルハチ 朔北の将星」(ぬるはち さくほくのしょうせい)(甲14)といった使用例がある。

……「朔」は、常用漢字ではないものの、萩原朔太郎といった著名人の名や、果物の八朔などの名称にも用いられる漢字である(甲24~26)。「北」は方角をあらわす漢字である(甲6)。

……以上を総合すると、我が国においては、「朔北」はおおむね「北の方角」又は「北方の地」を表す単語として理解されるものと認めるのが相当である」と判決で判断されている。

ここでは、審決で「朔北」という語が一般的になじみのない日本語であると判断されたことを踏まえ、国語辞典での掲載に加え、小説やゲームでの使用例等の具体的な事情が主張立証され、検討されている。

(2) 分離観察について

「「カレー」について……本願商標の指定商品との関係では、需要者、取引者は、商品の性質又は原材料を表すものと理解すると認められ、当該部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じるということはできない。

……本願商標は「朔北」と「カレー」からなる結合商標であるところ、前記のとおり、「カレー」の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じるということはできない一方で、「朔北」については、需要者、取引者をして、「北の方角」又は「北方の地」を表す単語として理解されるにすぎず、具体的な地域を表すものと理解されるものではないから、指定商品との関係において、出所識別標識としての称呼、観念が生じ得るといえる。そして、需要者、取引者をして、「朔北カレー」を一連一体のものとしてのみ使用しているというような取引の実情は認められない」と判決では判断されている。

ここでは指定商品がカレーに関係している中で、「朔北カレー」中の「カレー」の部分は商品の性質や原材料を示すものであると判断されている。そのため類否判断では、「朔北」の語と引用商標の関係が検討された。

(3) 類否判断について

「ア 外観

本願要部は「朔北」という2文字の漢字からなるのに対し、引用商標は「サクホク」の4文字の片仮名からなり、外観が明らかに異なる。

イ 称呼

本願要部の称呼は「さくほく」であり、引用商標の称呼も「さくほく」であるから、同一である。

ウ 観念

本願要部からは「北の方角」「北方の地」の観念を生じるものであるのに対し、「サクホク」は、辞書等に掲載されていない造語であって、特定の観念を生じないものであるから、観念が明らかに異なる。

……本願要部と引用商標は、称呼が共通するものの、外観及び観念は明確に異なっているところ、需要者、取引者が「朔北」から引用商標である「サクホク」や引用商標の権利者を想起するというような取引の実情はなく、また、本願商標及び引用商標の指定商品において、需要者、取引者が、専ら商品の称呼のみによって商品を識別し、商品の出所を判別するような実情があるものとは認められず、称呼による識別性が、外観及び観念による識別性を上回るとはいえないから、本願商標及び引用商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとはいえない」と判決では判断されている。

ここでは上記(2)までの議論を踏まえた結果、「朔北」と「サクホク」が対比されており、外観の相違に加え、観念の点で審決と異なる結論が下された結果、類否判断の結論も相違するに至っている。

4 結語

従前から一定数の事案で、辞典に掲載されている外国語について、一般に馴染みのない「一種の造語」であるとして、観念の認定が問題とされてきた(異議2009-900071や、知財高判令和2年12月23日令和2年(行ケ)10086号等)。

本件では上記の通り、国語辞典に掲載された日本語であっても、一般的な需要者に馴染みのない言葉である場合に、観念を認定することができるのかという点が主たる争点の一つとされている。本件のような事案では、その語がどのような商品・媒体において、どのように使用されており、そこでの使用がなぜ需要者に対して一定の観念を生ずるのかという根拠を示すことが主張立証上、重要であったものと解する。

他方、判決の中で「「北」は方角をあらわす漢字である」とされているように、あくまでも「朔北」という語は、「北」という、意味が明快かつ一般的に理解可能である簡易な漢字を含んでいた点に留意を要する。難解な漢字のみから構成される熟語や、商標審査基準に例示されている馴染みのない外国語の単語などが問題になる事案では、観念の認定に関して、さらなる主張立証上の工夫が必要となる可能性もある。

執筆者

法律部アソシエイト 弁護士

瀬戸 一希 せと かずき

[業務分野]

企業法務 国際法務 知財一般 特許 意匠 商標

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