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存続期間が延長された特許権の効力に関する知財高裁大合議判決

中濱 明子弁理士
国内情報特許委員会

本件は、侵害訴訟において特許権存続期間延長後の特許権の効力の及ぶ範囲(特許法第68条の2)について判断された知財高裁大合議判決である。

平成28年(ネ)第10046号 特許権侵害差止請求控訴事件
(原審:東京地裁平成27年(ワ)第12414号)
-オキサリプラチン事件、平成29年1月20日判決言渡

1.概要

デビオファーム・インターナショナル・エス・アー(控訴人、一審原告)は、特許第3547755号「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」(本件特許)の特許権者であり、オキサリプラチン(オキサリプラティヌムと同義)製剤である「エルプラット®点滴静注液」に対する薬事法14条に基づく承認に基づく処分(本件各処分)を理由として、本件特許権の存続期間の延長登録を受けた。東和薬品株式会社(被控訴人、一審被告)は、安定剤として濃グリセリンを加えたエルプラット点滴静注液の後発医薬品「オキサリプラチン点滴静注」を製造販売している。当該後発医薬品の効能・効果及び用法・用量は、「エルプラット®点滴静注液」と同一である。

一審原告は、「オキサリプラチン点滴静注」の各製剤(一審被告各製品)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属し、かつ、存続期間の延長登録を受けた本件特許権の効力は、一審被告による一審被告各製品の生産等に及ぶ旨主張して、一審被告各製品の生産等の差止め及び廃棄を求めた。

一審において、存続期間が延長された本件特許権の効力が及ぶ範囲、すなわち、本件特許権の効力が一審被告各製品の生産等に及ぶか否かが争われた。そして、原判決は、その効力が一審被告各製品に及ばないとして一審原告の請求を棄却したため、一審原告がこれを不服として知財高裁に控訴した。

本件知財高裁判決は、延長された特許権の効力(特許法第68条の2)における「実質同一」の解釈について原判決を踏まえてより詳細に説示した上で、一審被告各製品は本件各処分の対象となった物と実質同一なものとはいえないと判断した。また、特許請求の範囲と明細書及び出願経過から、本件発明の技術的範囲を認定し、一審被告各製品は本件発明の技術的範囲に属しないとも判断した。その結果、知財高裁は本件控訴を棄却した。

なお、本件においては延長された特許権の効力についての判断が先行したが、これは本事案の経緯とその内容に鑑み、そのようになったにすぎず、「通常は、まず、相手方の製品が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを先に判断することも検討されるべきである」ことも追記された。

2.本件発明

本件特許の請求項1の記載は、次のとおりである。
「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり、医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」

3.裁判所の判断

裁判所は、延長された特許権の効力の及ぶ範囲について説示した上で、本件の一審被告各製品に対し延長登録された本件特許権の効力は及ばないと判断した。

(1)特許法第68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について

特許法第68条の2は、「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定する。

まず、本件判決は、特許法第68条の2に基づく延長された特許権の効力について、以下のように説示した。

・医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合、存続期間が延長された特許権は、具体的な政令処分で定められた「成分(有効成分に限らない)、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶ。
・しかしながら、延長登録の制度趣旨及び衡平の理念の観点から、上記事項で特定された物と医薬品として実質同一なものにも効力が及ぶべきである。
・したがって、政令処分で定められた構成中に相手方が製造する製品(対象製品)と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。

そして、この「僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異」の判断について以下のように説示した。

・医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。
・上記の限定した場合において、対象製品が政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型を挙げれば、次のとおりである。
すなわち,①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合、②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき、③政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合、④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合は、これらの差異は上記にいう僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。

さらに、特許法第68条の2の「実質同一」の範囲を定める場合には、均等論(ボールスプライン事件最判)を適用ないし類推適用することはできないが、ただし、一般的な禁反言(エストッペル)の考え方に基づけば、延長登録出願の手続において、延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には、特許法68条の2の実質同一が認められることはない、との判断基準も示された。

また、存続期間が延長された特許権の侵害を認定するためには、対象製品が特許発明の技術的範囲に属するとの事実の主張立証が必要であることは当然であることも説示された。

(2)本件についての検討
ア 一審被告各製品が本件各処分の対象となった物と同一であるか否か

本件各処分の対象となった「エルプラット®点滴静注液」の「成分」は、オキサリプラチンと注射用水のみを含み、それ以外の成分を含まないものである。

これに対し、一審被告各製品の「成分」は、オキサリプラチンと注射用水以外に、添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり、その使用目的は安定剤である。

そうすると、本件各処分の対象となった物と一審被告各製品とは、少なくとも、その「成分」において文言解釈上異なる。

イ 一審被告各製品が本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるか否か

本件各処分と一審被告各製品とにおける「成分」に関する前記差異は、本件発明の技術的特徴に照らし(本件発明は前記②の類型の特許発明に該当する)、僅かな差異であるとか、全体的にみて形式的な差異であるということはできず、一審被告各製品は、本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。

よって、一審被告各製品は、作用効果の同一性などその余の点について検討するまでもなく、本件各処分の対象となった「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」についての本件発明の実施と実質同一なものとして、延長登録された本件特許権の効力範囲に属するということはできない。

ウ 技術的範囲の属否

本件明細書の記載や出願経過において提出された意見書の記載を総合的にみれば、本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は、本件発明がオキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって、他の添加剤等の成分を含まないことを意味するものと解さざるを得ない。

これに対し、一審被告各製品は、オキサリプラチンと注射用水のほか、有効成分以外の成分として、オキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含有するものであるから、一審被告各製品は、本件発明の技術的範囲に属さない。

なお、存続期間延長後の特許権の効力については、現在のところ、本件の原審を含めて少なくとも3件の地裁判決がある。いずれも本件の特許権者が原告となった、本件と同一の特許権に基づく侵害訴訟である。

本件の原審(被告:東和薬品株式会社)

東京地裁平成27年(ワ)第12415号(被告:ホスピーラ・ジャパン株式会社)

東京地裁平成27年(ワ)第12412号(被告:武田テバファーマ株式会社)

執筆者

特許部化学班パートナー 弁理士

中濱 明子 なかはま あきこ

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