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Yチェア立体商標事件

「商標協会判決研究部会発表」2011年10月19日発行
青島 恵美

「Yチェア立体商標」事件

(知財高裁平成23年6月29日 平成22年(行ケ)第10253号 審決取消請求事件 平成22年(行ケ)第10321号 承継参加事件)

1. 事案の概要

原告(カール・ハンセン&サン・ジャパン株式会社)[1]が、下記出願をしたところ、識別力の欠如を理由として拒絶査定を受け、その後の拒絶査定不服審判でも請求不成立審決を受けたため、当該審決の取消を求めて請求されたのが本件である。

【原告の出願商標】
商願2008-11532号
出願日:2008年2月19日
指定商品:第20類「家具」→2009年8月27日付けで「肘掛椅子」に補正
商標:下記立体商標
chair(aoshima 1)

2. 原審決[2]の理由の要旨

 (1)取引者・需要者は、本願商標を、単に商品の一形態を表示するものと理解し、自他商品の識別標識として認識し得ないから、商標法3条1項3号に該当する。
(2)本願商標は、全国的に、指定商品「肘掛椅子」に使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っているとは認められないから、商標法3条2項の適用により登録を受けられるべきものにも該当しない。

3. 争点

 (1)本願商標の商標法3条1項3号該当性(本願商標は商品の一形態にすぎず、自他商品識別力がないのか?)
(2)本願商標の商標法3条2項適用の有無(本願商標は使用により自他商品識別力を獲得するに至ったか?)

4. 裁判所の判断


(1)商標法3条1項3号該当性
 ①判断基準[3]

ア.商品等の形状は、多くの場合に、商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるものであり、客観的に見て、そのような目的のために採用されたと認められる形状は、特段の事情のない限り、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号に該当すると解するのが相当である。
イ.また、商品等の具体的形状は、商品等の機能又は美観に資することを目的として採用されるが、一方で、当該商品の用途、性質等に基づく制約の下で、通常は、ある程度の選択の幅があるといえる。しかし、同種の商品等について、機能又は美観上の理由による形状の選択と予測し得る範囲のものであれば、当該形状が特徴を有していたとしても、商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状として、商標法3条1項3号に該当するものというべきである。[4]
ウ.さらに、商品等に、需要者において予測し得ないような斬新な形状が用いられた場合であっても、当該形状が専ら商品等の機能向上の観点から選択されたものであるときには、商標法4条1項18号の趣旨を勘案すれば、商標法3条1項3号に該当するというべきである。[5]

②本願商標の商標法3条1項3号該当性

本願商標の構成については、「1.【原告の出願商標】」に記載の通り。
本願商標の形状について考察すると、
ア.背もたれ上部の笠木と肘掛け部が一体となった、ほぼ半円形に形成された一本の曲げ木が用いられていること、
イ.座面が細い紐類で編み込まれていること、
ウ.上記笠木兼肘掛け部を、後部で支える「背板」(背もたれ部)は「Y」字様又は「V」字様の形状からなること、
エ.後脚は、座部より更に上方に延伸して、「S」字を長く伸ばしたような形状からなること、
等、特徴のある形状を有している。同特徴によって、本願商標は、看者に対し、シンプルで素朴な印象、及び斬新で洗練されたとの印象を与えているといえる。
他方、本願商標の形状における特徴は、いずれも、すわり心地等の肘掛椅子としての機能を高め、美感を惹起させることを目的としたものであり、本願商標の上記形状は、これを見た需要者に対して、肘掛椅子としての機能性及び美観を兼ね備えた、優れた製品であるとの印象を与えるであろうが、それを超えて、上記形状の特徴をもって、当然に、商品の出所を識別する標識と認識させるものとまではいえない

③小括

以上によれば、本願商標は、商品等の形状を普通に用いられる方法で使用する標章のみからなる商標として、商標法3条1項3号に該当するものというべきである。

(2)商標法3条2項該当性
 ①判断基準

立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは、当該商標ないし商品等の形状、使用開始時期及び使用期間、使用地域、商品の販売数量、広告宣伝のされた期間・地域及び規模、当該形状に類似した他の商品等の存否などの諸事情を総合考慮して判断するのが相当である。
使用に係る商標ないし商品等の形状は、原則として、出願に係る商標と実質的に同一であり、指定商品に属する商品であることを要するというべきである。
もっとも、商品等は、その製造、販売等を継続するに当たって、技術の進歩や社会環境、取引慣行の変化等に応じて、品質や機能を維持するために形状を変更することが通常であることに照らすならば、使用に係る商品等の立体的形状において、ごく僅かに形状変更がされたことや、材質ないし色彩に変化があったことによって、直ちに、使用に係る商標ないし商品等が自他商品識別力を獲得し得ないとするのは妥当ではなく、使用に係る商標ないし商品等にごく僅かな形状の相違、材質ないし色彩の変化が存在してもなお、立体的形状が需要者の目につき易く、強い印象を与えるものであったかなどを総合勘案した上で、立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。

②本願商標の商標法3条2項該当性

ア.事実認定
(ア)本願商標に係る商品形状の完成
本願商標に係る肘掛椅子の立体形状は、現代家具デザインの巨匠と称されるハンス・J・ウェグナーが、参加人の依頼を受けて1949年ころデザインし、参加人による試作等を経て1950年ころ完成した。原告製品は、「CH24」、「Yチェア」又は「デコラティブ・チェア(Decorative chair)」という名称で知られており、世界で最も売れた椅子の一つとして評価されている。なお、文字商標「Yチェア」は商標権者を原告、指定商品を第20類「木製いす」として商標登録されている[6]。
(イ)本願商標の使用開始時期・使用期間
本願商標の特徴的形状[7]を備えた原告製品は、参加人により1950年に発売されて以来、木材の材質や色彩、座面(ペーパーコード)の色彩にバリエーションはあるものの、その形状の特徴的部分において変更を加えることなく、継続的に販売されている。
原告製品は、日本国内において、1958年に白木屋(後の東急百貨店)の展示会で紹介されたのち、1962年ころ、松屋で展示販売開始、1965年には、伊勢丹が輸入、販売を開始した。その後、1989年ころまでの間は、松屋、伊勢丹のほか、キッチンハウス、小田急ハルクらが、原告製品を輸入・販売していた。1989年にフーバ・インターナショナルSKデザイン事業部が、1990年からはフーバ・インターナショナル及び参加人の出資により設立された原告が、それぞれ輸入代理店となり、原告製品を独占的に輸入し、販売するようになった。
(ウ)本願商標の使用地域
原告は、原告製品を、自ら又はその取引先である有名百貨店(高島屋、小田急百貨店、伊勢丹、三越、大丸、阪神百貨店等)、大型家具店(アクタス、イルムスジャパン、ヤマギワ等)、大手ハウスメーカー等を介して、販売している。原告製品の販売地域は、関東における割合が60%以上を占めるものの、日本全国に及んでいる。原告製品は、店頭のみならず、日本全国どこからでも、インターネット、電話、ファクシミリ等を利用して通信販売でも購入できる。原告製品は、一般家庭のみならず、全国の旅館、レストラン、図書館、大学、美術館などの施設においても使用されている。
(エ)原告製品の販売実績
原告製品は、世界中で70万脚以上が販売されたと推定され、2003年~2010年には、約24万脚が販売された。
原告製品は、日本国内においても、資料等により判明している限りでも、1994年7月~2010年6月に、合計9万7548脚が販売された[8]。
(オ)原告製品の広告宣伝等
原告は、原告製品について、国内有数の家具展示会等に出展したり、自社ショールーム、百貨店等における展示会を多数開催してきた。また、原告製品は、1960年代以降、日本国内において、多数回にわたり、雑誌[9]、インテリア用語辞典、インテリアコーディネーター試験問題集、中学生向け教科書、新聞等において、紹介記事及び広告等が掲載され、日本で最も売れている輸入椅子の一つとの評価がされている。原告製品に関する雑誌等の記事では、ほぼすべてに、原告製品の写真が併せて掲載され、読者が、原告製品の前記形状の特徴を認識できるような態様で紹介されている。原告及びフーバ・インターナショナルは、1989年~2010年に、原告製品の宣伝広告費として、少なくとも1億2000万円以上の支出をした。
(カ)模倣品対策
原告製品に類似した形状の椅子(中国製等)は、インターネット上で少なからず販売されているが、ほとんどの商品は、「Yチェア」の「ジェネリック製品」、「リプロダクト製品」などと称して、オリジナル製品として原告製品が存在することを前提として、原告製品に類似した形状の椅子を安価に購入しようとする消費者に向けた商品となっている。これに対し、原告は、「Yチェア」等の登録商標(文字商標)を用いる業者や、原告製品に類似した形状の椅子を販売する業者に対し、文字商標の使用中止や類似品の販売中止を求める警告書を送付したり、口頭で警告を行ってきた。

イ.判断
前記4(2)②アに挙げた事実及び前記4(1)②の事実に照らすと、
(ア)原告製品は、背もたれ上部の笠木と肘掛け部が一体となった、ほぼ半円形に形成された一本の曲げ木が用いられていること、座面が細い紐類で編み込まれていること、上記笠木兼肘掛け部を、後部で支える「背板」(背もたれ部)は、「Y」字様又は「V」字様の形状からなること、後脚は、座部より更に上方に延伸して、「S」字を長く伸ばしたような形状からなること等、特徴的な形状を有していること、
(イ)1950年(日本国内では1962年)に販売が開始されて以来、ほぼ同一の形状を維持しており、長期間にわたって、雑誌等の記事で紹介され、広告宣伝等が行われ、多数の商品が販売されたこと[10]、
(ウ)その結果、需要者において、本願商標ないし原告製品の形状の特徴の故に、何人の業務に係る商品であるかを、認識、理解することができる状態となったものと認めるのが相当である。
ウ.被告の反論に対する判断
(ア)本願商標と原告使用に係る商標とが同一でないとの反論
本願商標は、形状における特徴の故に、自他商品の出所識別力があると解するのが相当であるから、原告製品の材質や色彩にバリエーションがあったとしても、商品の出所に対する需要者の認識が大きく異なるとはいえず、本願商標に係る形状が自他商品識別機能を獲得していると認定することの障害とはならない。
(イ)原告製品に類似した形状の椅子の存在は、需要者が、いずれの肘掛椅子が原告の製造、販売に係る椅子であるか区別できていないことを示すものであるとの反論
原告製品に類似した形状の椅子のいずれも「Yチェア」の「ジェネリック製品」ないし「リプロダクト製品」などと称されており、オリジナル製品として原告製品が存在することを前提として、原告製品に類似した形状の椅子を安価に購入しようとする消費者に向けた商品である。原告は、これらの商品を市場から排除するため、販売業者等に対し、「Yチェア」等の登録商標(文字商標)に基づき、また、不正競争防止法に基づき、警告書等を送付するなどの措置を講じている。したがって、前記第三者製品販売の事実は、本願商標が自他商品識別機能を獲得していると認定するうえでの妨げとならない。

③小括

以上のとおり、本願商標は、使用により、自他商品識別力を獲得したものというべきであり、商標法3条2項により商標登録を受けることができるものと解すべきである。これに反する被告の主張は、いずれも採用することができない。

(3)結論

審決を取り消す。

≪注釈≫
[1] なお、原告は、承継参加人であるカール・ハンセン アンド サンモーベルファブリック エイ・エス(以下、参加人という)に対して本願商標に関する権利の一部を譲渡し、平成22年10月6日に本願商標に係る出願人の名義変更がされた(本願は共願となった)。
[2] 不服2009-12366号事件(2009年7月7日審判請求、2010年6月23日審決)
[3] ミニマグライト事件(平成19年6月27日 平成18年(行ケ)第10555号)、コカ・コーラボトル事件(平成20年5月29日 平成19年(行ケ)第10215号)等において示された判断基準と同じ。
[4] その理由は、商品等の機能又は美観に資することを目的とする形状は、同種の商品等に関与する者が当該形状を使用することを欲するものであるから、先に商標出願したことのみを理由として当該形状を特定の者に独占させることは、公益上の観点から必ずしも適切でないことにある。
[5] その理由としては、特許法、実用新案法、意匠法の保護対象になり得る形状について、更新により半永久的に保有することができる商標権によって保護を与えることは、特許等による権利の存続期間を超えて半永久的に特定の者に独占権を認める結果を生じさせることになり、自由競争の不当な制限に当たり公益に反することが挙げられる。
[6] 3条2項の適用を受けた上で商標登録されている(商標登録第3348396号)。
[7] 前記4(1)②参照。
[8] 日本国内の販売脚数の内訳は、以下の通り。1994年7~12月:2119脚、1995年:4342脚、1996年:4478脚、1997年:5268脚、1998年:4868脚、1999年:4704脚、2000年:5496脚、2001年:5608脚、2002年:5631脚、2003年:6212脚、2004年:6904脚、2005年:6936脚、2006年:7824脚、2007年:9018脚、2008年:7562脚、2009年:7414脚、2010年1~6月:3346脚。
[9] 原告製品が掲載された主な雑誌の公称発行部数は、「モダンリビング」4万部、「ELLE DÉCOR」7万部、「クロワッサン」約30万部、「BRUTUS」約8万部、「ミセス」11万部、「VERY」約28万部、「美しい部屋」約5万部。
[10] 裁判所は、原告製品を受注製作品ではなく既製品であるとした上で、原告製品の販売数量は、食卓椅子の販売数量全体と比較すれば必ずしも多いとはいえないものの、1種類の椅子としては際立って多いといえる、と述べている。

5. 過去の事件(ミニマグライト事件以降)との比較


chair(aoshima 2)

chair(aoshima 3)

chair(aoshima 4)

 

[ⅰ] 平成19年6月27日 平成18年(行ケ)第10555号(裁判長:飯村敏明)[ⅱ] 平成20年5月29日 平成19年(行ケ)第10215号(裁判長:飯村敏明)[ⅲ] 平成20年6月24日 平成19年(行ケ)第10405号(裁判長:飯村敏明)[ⅳ] 平成20年6月30日 平成19年(行ケ)第10293号(裁判長:田中信義)[ⅴ] 平成22年11月16日 平成22(行ケ)第10169号(裁判長:中野哲弘)[ⅵ] 平成23年4月21日 平成22年(行ケ)第10366号(裁判長:滝澤孝臣)[ⅶ] 第3類「Beauty products (cosmetics), soaps, perfumery, cosmetics.」
[Ⅷ] 各年の売上額:2000年:約309億円、2001年:約289億円、2002年:約314億円、2003年:約356億円、2004年:約360億円、2005年:約327億円、2006年:約331億円、2007年:約364億円、2008年:459億円
[ⅸ] 平成23年4月21日 平成22年(行ケ)第10406号(裁判長:滝澤孝臣)[ⅹ] 平成23年4月21日 平成22年(行ケ)第10386号(裁判長:滝澤孝臣)[ⅺ] 平成23年6月29日 平成22年(行ケ)第10253号 平成22年(行ケ)第10321号(裁判長:飯村敏明)
[ⅻ] 第3類「Bleaching preparations and other substances for laundry use; cleaning, polishing, scouring and abrasive preparations; soaps; perfumery goods, essential oils, cosmetics, hair lotions; dentifrices.」
[ⅹⅲ] 第3類「Bleaching preparations and other substances for laundry use; cleaning, polishing, scouring and abrasive preparations; beauty products (cosmetics), soaps; perfumery, essential oils, cosmetics, hair lotions; dentifrices.」

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執筆者

商標意匠部アソシエイト 弁理士

青島 恵美 あおしま えみ

[業務分野]

意匠 商標

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